駆虫は“悪”か
僕達は「全ての命を大切にしよう」という言葉を当たり前のものとして考えています。
しかし、実際には、
全ての命を等しく大切に扱うということは至難の業
です。
全て一律に「命を奪うことは悪である」としてしまうと、僕達が犬を大切にするためにフィラリアを殺すことも悪となってしまいます。しかし、命にかわりはないのだからという理由でフィラリアを生かして、そのために犬を死なせてしまうという理屈にも違和感を感じます。
ほぼ全ての人は、犬にフィラリアの予防薬を飲ませるということは、犬を飼う以上当然のことであり、大切な犬の命を守るためにフィラリアを殺すことは“正しい”ことだと考えています。
しかし、変な人間だと思われることを恐れずに述べるなら、
駆虫される側のフィラリアもまたひとつの命であることに変わりはありません
。
しかし、
僕達は犬の命を大切にすることは正しいことだと考え
、その一方で
フィラリアの命を奪うことにはさしたる疑問は持っていません
。
命を大切にしようと言いながら一方で駆虫をすることは、よく考えると矛盾しています。その一方であまり誰もその矛盾には気がつかず、気づいたとしても触れることもありません。
なぜ種によって命を奪っても疑問すら持たないのかと言えば、
人間の価値観によって「命に対する価値づけ」がなされているから
です。その価値づけによって、フィラリアは殺しても良い存在と考えられており、犬は大切にしないといけない存在であると考えられているのです。
多分、多くは「人や犬の命が虫よりも大切なのは当たり前じゃないか」と思うかも知れません。ただ、その“当たり前と考えていること”こそが人間の価値観に他ならないということに気がついていないだけです。
人間の価値観は、
自分達にとっての有用性
と
人間が持つ良心
を基にしてつくられます。
犬は自分達に安らぎを与えてくれ、友情を分かち合える“良き存在”であると考えられます。一方で、寄生虫はその大切にすべき存在に危害を加え、時に命を奪ってしまう“悪い存在”と考えられます。
だから、フィラリアに対して“
こいつらは悪い存在であり、殺されてしかるべき
”と考え、人はフィラリアを殺すことに何らの疑問も持たないのです。
しかし、あえてフィラリアの名誉のために述べるなら、人がヒトとしてのかたちと仕組みを持ってこの世界で生きているのと同じように、
フィラリアはフィラリアとして生まれ持ったかたちと仕組みを持って、自分達なりに精一杯生きているだけ
です。
それ自身精一杯生きている命に対して、価値の高低や命そのものに対しての意味づけを行うのは、人間による自分中心な概念によるもの
です。
フィラリアという命自体は、
人間の価値観などとは関係なく存在するのであり、人間はその命を見て、自分達の価値観でもって、悪い奴だの殺すべきだのと言っているだけ
です。
フィラリアは邪悪で、殺されてしかるべきであるから駆虫されて当然なのではありません。
フィラリアが寄生すると犬の体に害が及ぼされます。すると、
人間にとっての有用性や心情が害されます
。
その人間にとっての害を減らすために、平たく言えば自分達の利益のために、人間はフィラリアを駆虫するという行為を行っている
のです。
「害虫は悪い虫である」という言葉は、
人間にとっての有用性という観点から見た、自分達を中心にした価値づけ
です。
「命を大切にする」という言葉において、
人間はしばしば大切にされるべき命と、大切にしないでよい命があるということを考えようとします
。
全ての命を等しく大切に扱うことはできないですし、そうでなくては大切にすることのできない命に向かい合ったときに、自分の心が痛んでしまいます。
でも、僕は「命を大切にする」ことは、
その命が自分なりに精一杯生きているということを感じ取ることから始まる
のだと思います。
人間達がヒトとして生きていくうえで、全ての命を等しく大切に扱うことができないとしても、全ての命に対して真摯に向かい合おうという姿勢は大切なのではないかと思います。
自分達にとってどういう有用性があるかということや、自分達がどう感じるかは、その命の存在自体とは何ら関係のない
ことです。
僕は獣医師として、回虫を見つければ駆虫薬を出します。フィラリアの時期になればフィラリアの予防薬を出します。
虫が虫なりに生きているということを感じつつ、人間がそれ以上に思い入れを持ち、自分達の生活により深いつながりを持つ動物たちを健康に維持させるためです。
駆虫されるものに対しても思いをはせ、冥福を祈ってお祈りをする、それが“
ひとつの命のために殺される命たち
”に対する僕なりの心のあり方だと思っています。
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