治療費の踏み倒しと動物病院のジレンマ


 獣医師は言うまでもなく動物を治療する職業です。
 「
病気で困っている動物と飼い主さんに手助けをしてあげて、良くなってもらい、喜んでもらう」、それは獣医師にとっての理想の姿です。

 しかし、他人の経営する動物病院で給料をもらいながら生活している勤務医とは違い、自分が経営者となって病院を持つ院長はそれだけではいけません。

 動物病院の院長にとって、誰しも頭の痛い問題が「
治療費の未払い問題」です。ほとんどの人は治療をして明細を出し、「これだけの処置をしたのでいくらになります」と言うと、その場で会計をしてくれます。
 しかし、中には治療費が滞り気味になる人もいます。

 「少しくらい払わない人がいてもいいじゃないか」と思うかも知れません。でも、そんな簡単に済ませられるものではありません。病院にとって、患者さんにとっての「未払い金」の意味を考えてみます。

 動物病院を開業する時点で、獣医師は銀行などに数千万円〜何億という
莫大な借金をします。毎月その返済や薬の納入代、機械のリース代という必要経費に何十万円という金額が必要です。病院は開業する時だけでなく、運営をしていく限り多額の経費がかかるのです。
 スタッフがいる場合にはそのスタッフが生活していけるように人件費も必要です。動物病院は、単に治療をする場というだけではなく、
職場としての社会的意味も持つからです。
 また、院長も獣医師であると同時に普通の人間であり、妻子もいれば
自分の家族を養っていかなければいけません。

 金持ちのボンボンが道楽で病院を開いているわけではありません。
診療をしてその報酬として得た金額の中から、全ての出費をまかなわなければならないのです

 
自分がサービスを受けた場合に、それに対して対価を支払うというのは社会で生きる上での守らなければならないルールです。
 動物病院で治療を受けた場合に、その治療費を払うというのもそれと同じ事です。

 治療費というのは、商品を購入するのと異なり、
直接目に見えるものではありません
 「獣医さんはやさしい」というイメージから、「
払わなくても許してくれるだろう」と考えてしまうのかも知れません。

 しかし、サービスに対しての対価ということから言えば、「テレビを買って、その代金を支払わない」ことが泥棒行為であるのと同様に、「診療行為を受けて、治療費を支払わない」ことも
社会のルールに反していることなのです。

 動物病院は、診療行為に対しての治療費を受け取ることで経営を成り立たせています。
経費をまかなうための費用がいただけないならば、たちまち経営が成り立たなくなります

 また、病院は経費さえまかなえればそれで良しというものではありません。
 利益が出たとしても、新しい機材や手術器具、人員の充実など、
さらなる病院の発展のための投資をし続けなければなりません

 正当な治療費をいただけないということは、
病院の将来の発展を妨げられるということをも意味しています。それはすなわち、病院の発展によってより一層の恩恵を受けられるはずであった、他の飼い主さんに対しても不利益を与えるということです。
 病院は
より良い診療を目指して発展していくことが至上命題です。未払い金の発生はその妨げとなるのです。

 法律的には「
金銭の滞納を理由として治療を拒絶してはならない」と明記されています。一方で、「治療しなくてはならないが、受益者は診療に対しての報酬を支払わなくてはならない」とされています。平たくいえば、きちんと診療して、ちきんと治療費をもらえということです。

 僕も、お金を払わないからといって治療を拒否したりはしません。また、滞納があったからといって、それで差別したりもしません。
 僕は「
何とかして欲しいという気持ちに、何とかしてあげたいという気持ちで答えたい」という獣医師でありたいと考えています。
 病院に来る人は何らかの問題を抱え、困って来ています。それに対してどう答えるかは獣医師の
人間性の問題だと思います。

 診察を受け、治療費を払うことにおいてもまた、
飼い主さんの良識と人間性が大きく関わってきます。
 僕は獣医師として、きちんと治療します。一方で飼い主さんには良識を持って対応してもらいたい、そう願うのです。

 中には未払い金がかさんでくると、まったく連絡が取れなくなったり、電話や郵送をまるきり無視するようになる人もいます。
 病院の経営者として見過ごせないのと同時に、
人間として率直に腹が立ちます
 治療費を踏み倒して平気な人は、何よりも
自分自身の良心と人間性を踏みにじっているのです。その事にまず気づいて欲しいと思います。

 病院にとっては未払い金の回収は死活問題です。ただ、未払い金を回収する上で、動物病院はひとつのジレンマに陥ります。それは、
1.
獣医師はやさしいと感じられなければならない
2.一方で、
甘くするわけにはいかない
 ということです。催促すると悪口を言われないかという心配もあります。

 しかし、
やさしいのと甘いのとは別問題です。飼い主さんのことを思い、動物のことを思って診療することと、未払い金を見過ごすことはまるきり別の次元の問題です。

 できるなら、そんな問題とはまるきり無縁に
診察のことだけを考えていたい、心からそう思います。
 しかし、
未払い問題を放置することは結局病院にとって大きな不利益になります。病院の経営に責任を負うものとして、それを見過ごすことはできません

 月賦払いになったとしても支払うと言っている人に対しては、僕は誠意を持って対応させていただきます。
 しかし、電話にも出ず、手紙や
内容証明郵便をも無視し続ける方に対しては、裁判所からの支払い督促まで使用させていただきます。僕だってそんなことに労力を奪われるのは嫌ですが、誠意が見られない人に対してはそうするしかないからです。

 
動物を飼う以上はお金がかかります。毎日の食事はもとより、ワクチンや避妊・去勢、フィラリア予防など、病気にならなくてもお金はかかります。
 病気になってしまったら、飼い主さんの責任として治療を受けさせなければなりません。
「自分の動物だからどうしようと勝手」ではありません
 自分の選択として動物を飼育し始めたのなら、
最後まで面倒を見る責任があります。

 会社により補償比率は異なりますが、今は治療費の相当額を補償してくれる
ペット保険があります。
 将来的には、
ペットを飼う以上は保険に入っているのが当たり前という社会になっていって欲しいと願います。
 保険に入っていれば、病気になったとしても飼い主さんも診察を受けやすいですし、獣医師も飼い主さんの金銭事情まで心配せずに診療をしやすくなるからです。
 
金銭的な理由で治療が拒まれるとしたら、一番不利益を受けるのは治療を受ける動物本人です。

 未払い金は頭の痛い問題です。しかし、うやむやで済ますことのできない問題です。
 獣医師にとっても飼い主さんにとっても大切なのはまず、
社会人としての良識と人間性である、そう思います。


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