犬の避妊手術

 犬の麻酔は、ほぼ全て、ブトルファノール+ミダゾラム+プロポフォールで導入し、イソフルレンで維持するというプロトコルで行っています。
 全手術において、麻酔モニタを用いて、呼気中CO2、SpO2、血圧をモニタして行います。
 避妊手術は、健康な子を預かり、健康にお返しすることが大切なことですので、若くて健康だからといって、一切、気は抜けません。

 すべての手術において、何より大切にしていることは、ひとつひとつの手技をきっちりして、
安全に、確実に、丁寧に、手術を行うことです。小動物の組織は繊細ですので、細心の注意を払って手術をしています。

 お腹の中に吊り出し鈎という器具を入れ、子宮を吊り出します。
 この子は発情後まもなくなので、子宮は太く、血管も発達しています。

 卵巣の根本の所で、血管を縛ります。ここをしっかりしないと、出血して困ることになります。この手術のキモの部分です。結紮にはPDS2という、しっかりした糸を用いています。1本約1000円の高価な糸です。
 腹腔外に出した卵巣を保持するのに、避妊手術用プレートを用いています。
 血管をしっかり縛ったら、切断し、出血がないことを確認します。
 子宮間膜という、中央の部分にも血管が走っているので、そこもまとめて結紮します。
 逆側の卵巣・子宮を引っ張って外側に出します。
 逆側の卵巣の根本も結紮していきます。
 中央のふくらみの中に卵巣があります。発情後なので、大きく発達した卵管采に包まれています。
 逆側の卵巣動静脈・子宮間膜の部分も結紮・切断すると、子宮の全体が出てきます。
 子宮の根本で結紮し、切断します。
 腹腔内に出血がないことを確認し、腹膜を縫い合わせます。
 皮下織もしっかり縫い合わせ、死腔をつくらないようにします。
 皮膚を縫い合わせて終了です。
 皮膚は、ステンレスワイヤーガットという、溶けない糸で縫っていますので、抜糸が必要です。
 卵巣・子宮摘出術は、手術の難易度からいうと、難しい方の部類に入ります。おなかを開けて奥から卵巣・子宮を引っ張り出しますし、血管もたくさんあるので、組織を丁寧に扱い、出血させないように気を付けなければなりません。

 犬の発情期の後には
黄体期という黄体ホルモンが出る時期があります。妊娠していなくても妊娠期間と同じ期間出て、子宮や乳腺を妊娠しているのと同じ状態にさせるホルモンです。その影響で、中高齢の雌犬では乳腺腫瘍・子宮蓄膿症・偽妊娠など生殖器の病気が多いです。
 発情期はホルモン的にもアンバランスな状態ですので、精神的にも不安定な状態になったり食欲が低下したりすることがあります。避妊手術したコはホルモン的には発情間期という
発情のない状態が続いているのと同じになります。

 手術により性格が変化したりすることはなく、より安定した状態が続くようになります。発情期はフェロモンによって多くの雄犬がよってきますが、手術すればそういうこともなくなり、
交配・妊娠を心配しなくてすみます。
 昔は避妊手術によって持続的な失禁が起こるようになるといわれていましたが、今はあまり関係が無いのではないかといわれています。ただ、手術すると高齢になってからやや太りやすくなる傾向がありますので、食餌面の管理に気をつける必要があります。

 
発情期を繰り返す毎に病気になる確率が高くなっていきます。中高齢の犬では病気になって、そのために子宮を摘出しなければならないようになるコが30-40%となります。特に子宮蓄膿症という子宮の中に膿がたまる病気になると、緊急手術しないと死亡してしまう病気もあります。若いうちに手術しておけば、子宮蓄膿症になる危険は0%になりますし、乳腺腫瘍の発生率もぐんと低くなります(1回目の発情前なら0.05%以下、2回目の発情前なら約8%、2回目以後は約26%)。高齢で病気になってからの手術では若くて健康なときの手術に比べ、リスクがそれだけ高いものになります。

 その他にも
肛門周囲腺腫や一部の皮膚病を予防することができます。より飼育しやすく、また寿命が延びてより健康に過ごせるようになることが期待されますので、繁殖に使わない動物では若いうちに避妊手術を受けておいた方が良いでしょう。