16.人類はこれからどういう道を選ぶか
 自然科学は、偉大な神のみわざを明らかにするという目的から始められました。
 しかし、科学が人間に突きつけたものは、自分たちがかつて開け、目を背けてきたパンドラの箱の姿でした。
 「自分たちは特別でも何でもないのかもしれない」。そのことに直面したとき、僕達は、その事をどう捉らえ、どう生きていけばいいのでしょうか。

 今までは「命は尊い神様が自分に似せてお造りになり、生きろとおっしゃった、だから人の命は尊いんだ」と言う事ができました。
 しかし、事実はどうやらそうではないようです。
 奇跡にも近い偶然が積み重なり、幸運にも僕たちがこうして生きているのです。もう一度地球創世を最初からやり直したときに、僕達が同じようにこうして生まれてくる可能性は極めて低いでしょう。

 存在の理由を問うことは、存在の意味を問うことでもあります。
 今までは人の命は何物にも代え難いものであるというのが常識でした。今でも社会通念上それに異論を挟むことは人格を疑われる行為でもあります。
 しかし忘れてはならないことは、善悪などの概念は、自らが発達した知能で作り出したものだということです。
 人間社会の中限定ではヒューマニズムが通用します。しかし、宇宙の真理において、という前書きを付け足すとそれらの概念は全て崩れ去ります。
 人間社会以外の枠組みに、人間の作った概念を適用することは不可能です。

 人の命は絶対的に尊いかと聞かれると、僕には分からないとしか答えられません。命の尊さを諭す人でも「なぜ尊いの?」と聞かれるとおそらく答えることはできません。
 自信を持って答えられとしても、それを言わしめているのは、宗教的な答えや哲学的な答えなど、人が作り出した概念です。

 人の尊さの根拠を成しているものはフランス革命以降近代社会が発達する上で、モラルの基礎となったヒューマニズムです。
 カエルに向かって「人は偉いんだ」と説いてみても理解はしてくれないでしょう。なぜなら、それは人間同士でだけ通じる人間の頭の中にある概念だからです。

 日本人は、よい意味でこだわりがないので進化論がすんなり受け入れられています。しかし、世界一の先進国アメリカでさえ、進化論を信じている人は11%しかいないそうです。

 人は望む動物です。
 しかし与えられるものは希望とは違うこともあります。
 人類が無知であった時代は過ぎ去りました。全てを知ることは出来ませんが、自分たちと世界に対するより真実に近い情報がもたらされています。
 そこでの選択肢は2つだけです。
 それを直視するか、それとも無視するかです。
 しかし、それを無視し、今まで通りにやりたいことをするだけの先に待っているものはほぼ確実な破滅です。ならば、僕達は現実を受け止めそこからできることをしていくしかありません。

 生命の歴史を振り返れば、絶滅しない種はありません
 生きていたいと思っても大きな環境の変動が来れば適応できない種は否応なしに時代から消え去らざるを得ません。
 生物としてみたとき、人類が今の形で何十万年も続いていくことはあり得ないと思います。
 形を変えながら次代へと続いていくのか、生命の歴史から去っていくのかは現段階では分かりません。しかし、文明を持ち、住んでいる環境自体に影響を及ぼすまでに至った僕たちにとっては、避けられない環境の変化や自然の淘汰が訪れるよりも先に自分たちで招いた危機により絶滅にいたる危険性が充分潜んでいます。

 核戦争や環境破壊などで人類が滅んでも、地球上の生物が絶滅することは無いでしょう。
 一時地球がダメージを受けたとしても、時が経ち環境が回復すれば開いた生活空間に次の世代の生物が進入してきます。
 人間が地上からいなくなったとしても地球と生命の歴史はおそらく続いていきます。その時の地球と生命の形は僕たちには予想は不可能です。

 環境を守らなければならないのは自分たちのためです。それを間違えてはいけません。
 「地球を救えるのは人間だけだ」などとという言葉は、欺瞞に過ぎません。人が地球上のもの全てを支配できると思うのは、大きな間違いです。
 宇宙の真理というより広いスケールで話すならば、人が地球上で生きる権利を誰かから与えてもらったわけではありません。地球のリーダーとしての地位を誰かに与えてもらったわけでもありません。権利も義務も善悪も人間社会だけで通じる概念です。

 僕自身は人として僕達を育んだ地球と生命に感謝し、大切にしないといけないと思います。
 しかしそれにしても、人間の知性が生み出したひとつの概念に過ぎません。

 人間が人間社会で生きていく上では、感情やヒューマニズムはとても大切なものです。しかし、環境への影響力が大きくなった現在、これからも人間社会が地球の中で何とかやって行くにはより大きな視点に立ち、物事の本質を見抜いていくことが不可欠です。

 人は生態系の鎖からの脱却というパンドラの箱を開けました。
 狩猟採集生活をしていた昔に戻ることはもう出来ません。
 ならば、文明と地球とが折り合いをつけながら生きていける道を模索するしかありません。
 
 今までは無知でした。それは仕方のないことだと思います。
 しかし、無知によって作られた今までの概念は少しずつ修正していかなければならないと思います。
 人間社会は長い歴史を経て他者の幸福を考えることも出来るだけのヒューマニズムを生み出すに至りました。それをさらに新しい時代にあったものに作り替えていくことはきっと出来るはずです。

 人類の繁栄は極限まで達しました。
 文明の残骸を残して破滅するのか、それとも自分で自分をコントロールしていき破滅を避ける道を選ぶのか、今まさに人類の真価が問われる時なのだと思います。

ライン

ここまでお読みいただいてありがとうございます
よろしければあなたのご感想をお聞かせ下さい。
生命と社会についてのコラムもどうぞご覧下さい

おなまえ(ハンドルでも)

メールアドレス


性別


内容の難易度
よく分かったちょっと難しい普通易しい

メッセージ・ご指摘