15.生命とは、進化とは
 はるか38億年前、闇の中で生命は生まれました。生命の誕生が偶然なのかそれとも必然なのかは未だ不明です。
 生命は誕生してから何度かの環境の変化を迎えます。そのたび驚異的に危機を乗り越えて現在につながっています。生命の進化はある種、危機に瀕して追いつめられたときの危機打開として起こったとも言えます。

 一方で、今まで生存不可能だった環境に変化が起こり、生存するための空間が生まれると、生命は自らを進化させながらそこに入り込んでいきます。まるで生命全体が何かの意志を持つかのように、つきつけられた問題に対する答えを創り出していきます。
 それはまさに生命というものが自ら次の新しい形を模索しているかのようです。
 新しい場所を求め、そこに進出し、増えよう、生きようとする原動力がなんなのかは未だ不明です。

 地球と生命の歴史を振り返るとき、あらためて感じさせられるのは生命のすごさというものです。
 今地球上にあふれる命は昨日今日で生まれたものではありません。長い歴史を経て、僕たちとは似てもにつかぬ様な姿をしたさまざまな先祖達が築き上げてきたうえに成り立っているのです。後の世代のルーツとなることもなく歴史の闇に消えていった種も数多くあります。

 僕達は、今まで地球上に現れた生命達が累々と積み重ねてきたものの上に立ち、存在しているのです。
 僕たちを含め、今地球上にある生命のルーツを遡れば、全て38億年前に海の中で誕生した生命に行き着きます
 その命のバトンは一度もとぎれることなく僕たちに手渡されています。

 一方、生命の本質は遺伝子にあるとも言えます。それを引き継ぎ、新しいものを書き込む形で生命は進化していくからです。遺伝子は近い種同士ではきわめて似ています。
 たとえば、チンパンジーとヒトの間には、1%の遺伝子の違いしかないと言われています。そしてわずか700万年前にサルと分かれたヒトは、新しい環境に適応するために短期間で自らの形を変えました。
 莫大な量の遺伝子配列の中で、その大半は使われずに眠っているだけです。ヒトの遺伝子配列の数は5〜10万と言われていますが実際に使用している部分は5%に満たないそうです。

 かつてダーウィンは、環境にふさわしい突然変異が選択されて進化が進むと言いましたが、それは現在では否定されています。
 むしろ、遺伝子の中の目に見えない部分に使わないものをため込み、ある程度あたかもバネがのばされたようになったところで一気に形態の変化が引き起こされるという説が支持されています。

 とすれば、僕たちの中にも進化の種が眠りながら「その時」を待っているのかもしれません。そしてこれから次の環境に合わせて進化が進んでいくのか、それとも消えていってしまう「かつての種」になるのかは今の時点では分かりません。

 もしかしたら、生命全体で大きななにかを形成しているのかも知れません。
 目的や行き先をうかがい知ることは出来ませんが、進化の過程で誕生した僕たち人間が、その片鱗を感じ、うかがい知ることが出来たというのはなにか不思議な思いです。

 僕たち、あるいは次の世代の子孫達がそれを解明できるかどうかは不明ですが、今の僕たちにも出来ることがあります。
 それは地球と生命の歴史に正面から向き合い、理解し、感じ、僕達が生まれてこられたことを喜び、生命と地球に感謝をすることです。ヒトは一人で生まれ生きているのではなく、38億年の生命の積み重ねと僕達を取り囲む全ての奇跡に囲まれて生きているからです。
 生命38億年の歴史は、僕達と地球上で生きている全ての生命の中にたしかに息づいているのです。