14.人類の誕生(新生代)
1.新生代の環境

 新生代では、「恐竜」は地上から姿を消し、代わってほ乳類、鳥類及び被子植物が全盛を迎えました。
 それまで恐竜の影で細々と暮らしていた哺乳類は、空いた生活空間に進出していき、徐々に大型化していきます。

 地球の気温は新生代に入り一旦暖かくなりましたが、約4000万年前頃からしだいに気温が低下してきます。

 特に180万年前から始まる第四期本格的な氷河期の時代です。
 温度区分において地球上に氷河がない時期は暖期、ある時期は寒期です。現在は氷河期の中の比較的温度が落ち着いている間氷期です。
 180万年前から現在までに少なくとも4回、寒さの厳しい氷期と寒さの和らぐ間氷期が繰り返し訪れています。


 約7万年前から4回目の氷期に入っていましたが、約1万年前から気温が上昇し始め、現在の後氷期に移行しました。現在では氷に覆われている陸地は全体の10%ですが、1万年前には陸地の27%が氷に覆われており、海面は現在よりも100m低かったそうです。
 現在、人間社会により作り出される二酸化炭素からの地球温暖化が問題となっていますが、その一方で再び寒さのぶり返しが起こる可能性も心配されています。

2.人類の誕生

 人類の祖先はアフリカ大陸から生まれたと言われています。
 大昔にアフリカ大陸の森林で暮らしていたサルは、豊富な食料に囲まれて暮らしていました。
 そこにプレートの移動による環境の変化がおそいます。

 アフリカ大陸の下からわき起こったマントルは大陸を突き上げ、東西に分断する形で大きく隆起を作りました。
 割れ目には海水が入り込み紅海が出来ました。

 今もアフリカ大陸を南北に走り、分断する亀裂が大地溝帯グレートリフトバレー)です。今も大地の亀裂は少しずつ拡がっているそうです。
 地殻隆起による分断後、亀裂の西側は昔通りの森林に覆われた姿でしたが、東側では降水量が減り森林は草原地帯へと姿を変えていきました

 森林に暮らすことが出来たサルは生き方を変える必要もなく昔通りに暮らしましたが、草原地帯での生活を強いられたヒトの祖先は生き残りのために自らを変化させていく必要を迫られました。類人猿とヒトが分かれたのは約700〜500万年前のことと言われています。

 森の中では樹上生活が外敵から守ってくれました。また食料も豊富にありました。
 草原で生きる生活はまさにサバイバルです。自分の力で外敵から身を守り食料を手に入れる必要がありました。ヒトの祖先は知能を発達させ、道具を使用するという選択をしました。火と道具の支配によって人類はパンドラの箱を開けたと言えます。それは弱肉強食の生態系からの脱却を成し遂げたと言えるからです。


 優れた知能により捕食者からの脅威を消し去った人間は数をどんどん増していき、生活範囲を拡げていきました。そして広まっていく過程で猿人・原人などさまざまな種類のヒトが生まれました。僕たちの直接の祖先はそのうちの20万年前に誕生した新人だそうです。

 他のヒトを駆逐していったのか自然に淘汰されたのかは不明ですが、猿人・原人は残らず、新人が人類を形成していきます。ペキン原人が中国人になり、ジャワ原人がインドネシア人になったわけではありません。

 地球上には、今の新人以外の人類も誕生しました。中でも有名なのは、20〜3万年前に存在したネアンデルタール人です。
 ネアンデルタール人は、僕達新人とは別の系統の人類です。
 彼らも自分達なりの文化を持ち、新人よりも大きな脳を持っていましたが、声帯の構造上、言葉を話すことはできませんでした。
 彼らはヨーロッパを中心に暮らしていましたが、突然3万年前に絶滅しています。その理由は不明です。

 その他の人類も全て絶滅してしまい、現在、地球上に残っているのは、僕達新人の仲間、ただ1種です。人類を極めているようには見えますが、残っているのがただ1種ということを考えると、もしかしたら、種としては絶滅寸前と言えるのかも知れません。

 人類(新人)は誕生後、瞬く間に世界中に拡がっていきます。氷河期には海面が低いので今よりも陸地が広くなっています。陸地を歩いて移動しながら、人類は獲物を求め新しい土地へと進出していきます。

 4万年前にはインドネシアまでは陸続きでした。そこまで歩いてたどり着いたヒトは船で島づたいにオーストラリアに渡りました。
 約1万5000年前にはベーリング海を渡りアメリカ大陸にも進出しました。1万年前にはアメリカ大陸の南端まで到達します。
 ちなみにハワイに移住した人たちは、ポリネシア地域からさらに海洋に船で進出しすることによって約2000年前頃に移り住んだとされています。

 その後気候は温暖となり、極地の氷が溶けて海水面が上昇します。インドネシアやベーリング海は海で隔てられ、歩行による移動は不可能となります。人類はお互いの存在を知らないままそれぞれの歴史を歩んでいきます。
 ユーラシアとアメリカの人類の再会は大航海時代になされますが、その再会は必ずしも感動に満ちたものではありませんでした。

 天敵のいない人間は世界各地に生育範囲を拡げ、人口も次第に増加していきました。しかしそこで環境の変化が人類をおそいます。
 「寒のぶり返し」です。再び気温は下がり、食料が減少しました。
 当時のヒトは狩猟採集生活を送っていました。気温の低下は採集する植物や獲物になる動物の減少を引き起こします。増加した人口は食料の減少には持ちこたえることが出来ません。

 人類は危機に瀕しました。しかし人類はその危機を知性を用いて乗り越えることに成功しました。
 食糧危機を打破したのが、農耕の始まりです。1万年前以上前に東南アジアでバナナ、タロイモ、キャッサバの栽培が、10000〜9000年前にメソポタミアで麦の栽培が、約9000年前に中国南部でイネの栽培が、約7000〜4000年前にメキシコ地域でトウモロコシの栽培が始まりました。
 人類は、栽培に適した植物を自らの手で育て、それを収穫することにより食糧問題を乗り越えました。またそれは定住生活を可能にし、より多くの人口を養うことを可能にします。

 農耕は人類が食糧危機に追いつめられる形で始められたと言われています。豊富に食料が身の回りにあるなら、必要以上の労働をする必要など無いからです。
 狩猟採集生活をしているときには人口密度は制限せざるを得ませんでした。農耕が始まったことで以前の数十倍の密度で人間が暮らすようになります。
 一方で、人口が増加したことにより、狩猟採集生活に戻ることは不可能となりました。

 農耕生活を送るには治水工事をしなければなりません。そこには優れたリーダーが必要です。また文明の発達と共に財産が生まれ貧富の差ができはじめました。
 貧富の差や貧困は戦争を生むようになります。増加した人口はそれだけの食料生産に支えられなければ生きていけません。気候の変化によって農業生産量が低下すると、人間同士の争いが促されることにつながります。
 争いは一方で技術の進歩を促します。
 そして人類は歴史の時代へと入っていきます。