ランちゃんとリンちゃん



ランちゃんとリンちゃんはアライグマのきょうだいです。
生まれたときからペットショップに運ばれるまで、
一時も離れることなく、ずっと一緒に暮らしていました。

アライグマを買いに来た家族がペットショップに来たときも、
くっついて離れませんでした。
離すとキューキュー泣いて仕方がないので、
2頭とも一緒に飼うことになりました。

ランちゃんとリンちゃんはずっと一緒です。
優しい飼い主さんと大好きなきょうだいといられて、
とても幸せに暮らしていました。

でも、最初はおとなしかったアライグマも、
成長すればやんちゃになります。
飼い始めて1年ほどたった頃、
家族はとうとう咬み傷に耐えかねて、
話し合いをすることになりました。

お母さんが言います。
「もうアライグマなんか飼うの大変だから、
2匹とも誰かにあげよう」
お兄ちゃんと妹がそろって、泣きながらお願いします。
「2匹ともなんて嫌だ。せめて1匹は置いておいて」

困った両親は、ランちゃんを
動物園に連れて行くことにしました。
ランちゃんは女の子でしたが、弟のリンちゃんよりも
ずいぶんからだが大きく、咬む力も強かったからです。

動物園に連れて行く日、ランちゃんとリンちゃんは
車に乗せられ、ガタゴトと揺れる車の中で、
何かいつもと違う雰囲気に気づいていました。
飼われ始めた頃、何度かピクニックに行くために
車に乗ったことはありますが、
それとは少し違う感じです。
でも、それが何なのかは分かりません。

動物園に着くと、飼育員さんが出迎えてくれました。
「ああ、連絡のあった方ですね。
 2匹とも引き取りですか?」
お母さんが答えます。
「いえ、1匹だけです。」

ケージからだそうとすると、ランちゃんとリンちゃんは、
離ればなれになるのを察したかのようにギャーギャーと鳴きました。
しばらく格闘した後、なんとかランちゃんをケージから引きはがすと、
別のケージに入れました。

「ごめんね、ランちゃん・・。」
お母さんはそう言うと、リンちゃんを連れて車に乗り込みます。
ランちゃんは、車と、その中にいるリンちゃんを見つめています。

“なんで置いて行かれるの?”

そう言いたげなランちゃんを残して、
車は静かに動物園の門をくぐって出て行き、
もう戻ってくることはありませんでした。



リンちゃんは、ひとりで家族のもとで暮らすことになりました。
でも、生まれてからずっと一緒に暮らしていたランちゃんがいなくなって、
リンちゃんはさびしくてさびしくてしょうがありませんでした。

やんちゃだったランちゃんに比べると、
リンちゃんは少しからだが小さく、おとなしい子でしたが、
ひとりになってからは少し臆病になり、
家族の人に触られたときに、噛みつく回数が増えました。
家族の人は困りました。

ランちゃんを動物園に預けてから半年たちますが、
その間に法律が変わり、
動物園では預かってもらえなくなってしまいました。
かといって、引き取り手もなさそうです。
困った家族は、リンちゃんを山に捨てることにしました。
そしてその夜、両親はリンちゃんを車に乗せると、
隣町の山に捨ててきてしまいました。



ランちゃんは、動物園に来てだいぶ生活に慣れた頃、
動物園の中央広場の、以前ニホンザルを飼っていた所に
場所を移動されました。
ずっと人間に飼われていたランちゃんは、
他のアライグマとは少し折り合いが悪かったのですが、
やんちゃながらも愛嬌があったので、
お客さんからは人気があったのです。

でもずっと、リンちゃんや家族のことを忘れたことはありませんでした。
“早く迎えに来てくれないかな”
“あの門をくぐって、リンちゃんが来ないかな”
ランちゃんは毎日そう思いながら、門の向こう側を眺めていました。

新しく移動した広場には、ニホンザルが登れるように、
立派なポールが設置されていました。
高さは3メートルくらいで、
てっぺんには、サルが上で腰かけられるように、
かわいらしい台がこしらえられています。

ランちゃんはしばらくポールの周りを
ぐるぐるしながら暮らしていましたが、
ふと、ポールに登れば門の向こう側を
もっと遠くまで見られるんじゃないかと思いました。
もっと向こうを見られれば、
リンちゃんを見ることができるんじゃないかと思ったのです。

ランちゃんはもともと体の大きい方でしたが、
動物園に来てからお客さんにいっぱいリンゴやパンをもらって、
少し太っちょになっていました。それでも
“上に登って、門の向こう側を見たい”
という気持ちは抑えられません。
最初は登る途中で何度もずり落ちてしまいましたが、
あきらめずに挑戦を繰り返すうち、
大きな体を揺すりながらも、なんとか上に登ることができました。

“リンちゃん、いるかな”
門の向こうを見てみますが、リンちゃんの姿は見えません。
ただ、動物園のある丘の向こう側に、以前暮らしていた町が、
あの頃と変わらないままに見えていました。

“早く迎えに来てくれないかな”
そう思いながら、ランちゃんは毎日ポールに登り、
町を眺めるようになりました。

えっちらおっちらポールを登る姿は、
はためには、とてもひょうきんでかわいらしく見えました。
やがて、訪れる人の間で話題になり、
テレビ局がひっきりなしに取材に訪れるようになりました。

「ランちゃん、かわいい!」
「すごいぞ、ランちゃん!」
いろんな人が褒めてくれ、喜んでくれます。
でも、ランちゃんはそんなことを言われても、
ちっともうれしくありません。
ランちゃんは毎日リンちゃんのことを考えながら暮らしています。
“リンちゃん、今どうしているのかな・・。”



リンちゃんはその頃、
山から山へと歩きつたいながら、
あてどもない放浪の旅の中にいました。
山はどこもスギしか生えておらず、
エサになるようなものはほとんどありません。
かといって、人の家に近づけば、
どこの人も目くじらを立てて追い払おうとします。
石を投げられ、棒を持った人に追い回されたことも
二度三度ではありません。

もともと小さな体のリンちゃんは、放浪の中で、
ずいぶん痩せてしまいました。
空腹の中で見る夢は、ランちゃんと暮らしていた
楽しかった昔のことばかりです。
“ランちゃん、会いたいよう・・。”

ランちゃんもリンちゃんも、お互いの暮らしを
もちろん知ってはいません。
動物園の人気者になっているランちゃんと、
人間に追い回されているリンちゃん。
今の境遇はずいぶん違いますが、
昔は一緒に、幸せに暮らしていたのです。

リンちゃんは、隣町に捨てられてから、
山づたいに移動するうち、
いつの間にか最初の町に戻ってきていました。

“ランちゃん、ランちゃん・・、”
そう思いながら、体力がつき、倒れたところは、
1年前に1度だけ来たことのある、
動物園の門の前でした。

ランちゃんはポールの上で寝ていましたが、
リンちゃんの懐かしい匂いを感じて、
毛がぶるぶるっと逆立ち、飛び起きました。
ギャンギャンギャン、めったに鳴かないランちゃんが、
大きな声で二度三度、鳴きました。

その声を聞いた飼育員さんが、
門の前に倒れているリンちゃんに気づいてくれました。
飼育員さんは、首輪についているプレートの
「リン」という文字に気づきます。
「まちがいない、1年前にランちゃんと一緒に来たリンちゃんだ」
ランちゃんの所に連れて行くと、ランちゃんはうれしそうに、
そして心配そうに、リンちゃんに寄り添います。

動物園の獣医さんに手当をしてもらい、
リンちゃんは少し元気になりました。
元気になったリンちゃんは、
ランちゃんと一緒に寝そべることができて幸せそうです。

その後、ランちゃんとリンちゃんは、
一緒に広場で飼われることになりました。
ランちゃんは前と変わらず愛嬌のあるしぐさで
お客さんにゴハンをおねだりしています。
リンちゃんにもおねだりの仕方を教えているようです。
ただ変わったことと言えば、ポールには登らなくなったことくらいです。

「なんだ、つまらない」
ランちゃんとリンちゃんのことを知らないお客さんはそう言います。
ポールに登らなくなってからというもの、
テレビ局もめっきり取材には来なくなりました。
でも、ランちゃんは、リンちゃんと一緒にいられて幸せです。

それから、二人が離ればなれになることはありませんでした。
ランちゃんとリンちゃんはずっと一緒に、
動物園で幸せに暮らすことができました。

作:二本松昭宏




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