ウサギの診察のジレンマ
ウサギはイヌやネコとは異なる独特の特徴を持っており、ウサギを診察するときには、イヌやネコと同じような気構えではできません。
その特徴を簡潔にいえば、
1.
ストレスに極端に弱く、体力もない
2.
弱ったように見えるときには、よほど弱ったときである
ということに尽きます。
イヌやネコは捕食する側の動物です。捕食側の動物は、被食側の動物よりも個体数が少ないため、種の中における個体の重要度が高く、それぞれがすぐには死なないように、それなりに頑丈にできています。
それに対して、ウサギは食べられる側の動物です。捕食者による捕食圧をくぐり抜け、種が絶滅せずに保たれるためには、
食べられる数よりも多くの個体を繁殖させていかなければなりません
。
ウサギなどの食べられる側の生存戦略は“
爆発的な繁殖力
”というものに尽きます。
そのため、
早く成長して、数多くの仔を産む
ことこそが種の存続の鍵を握っています。
爆発的に増えるためには、
1個体あたりにかかるコストは最小限に抑える
必要があります。
1個体あたりを頑丈につくるよりも、個体維持にかかるエネルギーは繁殖に回した方が、種として有利な戦略
だからです。
従って、ウサギは繁殖力が旺盛な一方で、
個体それぞれは非常に弱い
動物となっています。
また、自然界において、
捕食者から真っ先にねらわれるのは“弱った動物”
です。ライオンなどが大型の動物をねらうときにも、子供や年老いた個体、病気やけがで弱った個体を真っ先にねらいます。
強そうな個体というのは、ターゲットに選ばれることはありません。逆に、
弱ったときにしんどそうにしていると、捕食者からはかっこうのターゲットになる
ことになります。
従って、捕食される側の動物というのは、
体のどこかに異常があったとしても、弱っていること自体が外から見てもよく分かりません
。
捕食者から食べられても絶滅しないように、またねらわれないようになっていることは、自然界の中では役に立っているのでしょうが、人間にペットとして飼われていて、動物病院に連れてこられるときにはやっかいではあります。
自然界の中での2つの長所は、そのまま動物病院の中での2つの短所
となってしまいます。
ウサギは
ストレスに極端に弱い
動物です。動物病院では、体を触ったり、いろいろな検査をしたり、注射やその他の処置をします。
まさか、ウサギが獣医師に対してその存在を理解するわけではないので、動物病院で触られることは、「
見知らぬ人から触られる
」ことでしかありません。
人間に触られることに慣れている個体であればまだましですが、人間に触られること自体に慣れていなければ、触られることによってかなりのストレスがかかりかねません。
触らなければ診察できませんが、触ることによって状態が悪化する可能性があるのです。
ウサギの診察でよくあるトラブルは、「
病院に連れて行く前は普通だったのに、病院で注射してもらってからぐったりした
」というものです。
別に変な注射をしたから具合が悪くなったのではなく、
ウサギはストレスがかかると具合が悪くなる可能性を持っている動物である
ということです。
人から聞いた話では、「病院に爪切りに行き、ばたばた暴れるのをむりやり押さえつけて処置したら、次の日から何も食べなくなって4日後に死亡した」という話もあります。
一方で、血液検査をしなければどこが悪いのか分からないこともありますし、注射しなければ治療できないこともあります。
「
触りたいけれども、触ると具合が悪くなるかも知れない
」、これはウサギを診察する上での、非常に困ったジレンマです。
何も説明しないで診察・治療すると、しばしば「診察してもらってから具合が悪くなった」と文句を言われることがあります。
ウサギを診ている獣医さんは、誰しも痛い目に遭っています。僕も何度か痛い目に遭いました。
「良いようにしてくれ」と言われても、どこまで調べ、どこまで治療するべきか、しばしば判断に悩みます。
またウサギは前述したように、
調子が悪くても、外から見ても分かりません
。
具合が悪くても表情は変わらないですし、犬などのように痛いところを触ると「キャン」と鳴くなんて事もありません。
下手に触りすぎると、それ自体が“良くないこと”となってしまう可能性があります
。
どこまで診察・治療するか判断に苦しむときには、僕は
飼い主さんにウサギの特徴とストレスのことを話し、どこまで診断・治療するか飼い主さんに選んでもらう
ようにしています。
人に触られ慣れておらず、ストレスに対して過敏な子に対して、こちらが判断して診断・治療すると、
病名が分かり、正しい治療を行ってしまったとしても、その過程で加わったストレスの方でウサギが弱り、亡くなってしまう可能性がある
からです。
「触ってもらうまで元気だったのに」、と言われないようにしながら「病院で診てもらって良かった」と言われるようにするということが、ウサギの診察における大きな課題です。
診られているウサギもストレスがかかっていますが、実は診ている当の獣医師も、けっこうストレスがかかっているんです。
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