職業倫理は何のために


 近年、社会情勢の変化と共に、様々な職業において、職業倫理の低下が喧伝されています。
 獣医療にとっても、他人事ではありません。
 時折、新聞をにぎわしたりする人が出てしまったりしているようです。
 職業を営む上での倫理観というものを、少し考え直してみたいと思います。

 まず、「
倫理」とは何でしょうか。
 広辞苑によれば、「
人倫の道、実際道徳の規範となる原理。道徳。」とあります。
 もう少し平たく言えば、
社会の中での許される行動の規範ということです。

 まだ分かりにくいので、さらに僕の言葉で言い換えるならば、「
人が社会の中で生きていく上で、何を目指し、どう生きていくか」ということことであり、社会の中での行動として、許されることと許されないことの目安、と言えると思います。

 人は、社会の中でしか生きることのできない生き物です。
 社会は、いろんな人が一緒になって形成している以上、
自分勝手に好き放題をしている人間がいれば、それは他の人にとっては迷惑であり、その行動は許されないものになります。

 
他人に迷惑をかけずに、自分の、そして他人の良心を害さない生き方は「倫理的」な生き方であり、その逆は「倫理にもとる」生き方であると言えます。
 人とのつながりの中で言えば、簡単に言うと、

1.
何をしていいか
2.
何をしたら悪いか

 と言ってもいいと思います。

 そこに、
自分自身の内部の項目として、先ほどの僕なりの解釈を加えるなら、

0.
何を目指すか

 ということが加わると思います。
 ただ、人として生きるだけなら、何も考えなくても生きていけますし、実際にそういう風に生きている人も多いので、この項目はかなりないがしろにされていると思います。

 「
職業倫理」という言葉になると、倫理というただでさえ分かりにくい言葉に“職業”というおまけの言葉が付き、さらに分かりにくくなっています。

 先ほどの倫理の概念に沿って「職業倫理」という言葉を解釈すると、「
社会の中で生きる上で、職業人として何を目指し、どう生きるか」ということになります。

 「倫理」と「職業倫理」との違いを挙げるとすれば、
職業というものは、それ自体が社会の要請に対してこたえるものとして存在するために、「何を目指すか」という項目の重要性が高くなってくることだと思います。

 個人が自分の財産の蓄積を目的として生きていくことは、誰にも迷惑をかけない限りは、それほど咎められることではありません。
 
個人として何を目指すかということは、その人の自由な意志に任せられているからです。

 でも、職業人として生きる上では、その目指すべき目的を財産の蓄積とするのは、褒められることではありません
 職業においては、
社会から求められるものにこたえることこそが、最も大切なことだからです。

 獣医師は、社会から「
動物の健康を守って欲しい」という要請を社会から受けています。
 職業というものが、社会に暮らす人の要請を受けるものとして成り立っている以上、獣医師が目指すものは、
その要請と交わるものでなければいけないと思います。
 獣医師が社会からそういう要請を受けているときに、獣医師が「収入を増やす」ことを最終目的に設定したりしてはいけないということです。
 個人としてはともかく、職業人として見るなら、お金は、最終目的ではなく、さらにより良い治療を提供できるようにするための「
手段」です。

 「職業倫理」という言葉を僕なりに定義し直すとすれば、

1.
職業人として、何を目指すか
2.
目指すものを成し遂げるために、どういう方法をとっていくか
3.
その中で、どういうことをするべきでないか

 ということになると思います。

 今は、ニュースなどで“
職業倫理の危機”などと唱えられた場合、問題とされることの多くは、先ほどの三番目の項目、すなわち“やってはいけないことをした”ということが、ほとんどだと思います。

 でも、「やってはいけないことをしたから悪い」、だけで終わらせるのは、あまりにも浅いと思います。
 本当は、問題はもっと根っこにあるのだと思います。
 つまり、
社会全般として、自分達の職業が何を担っており、何を目指すべきなのか、ということに対しての意識が希薄になっている、ということこそが、最も根幹にある大きな問題なのだと思います。

 何を成すべきかが希薄になっているからこそ、自分がどういう道筋をたどっていくかもあやふやになり、職業人としてしてはいけないことも分からなくなるに至るのだと思います。

 “グローバリズム”、“格差社会”、“勝ち組・負け組”、そんな言葉の広まりと共に、職業人としての価値は、「何を目指し、どう生きるか」なんて青臭いことから、
「いかに大きな収入があるか」という、経済的な軸にうつってきました
 経済的な軸がすなわち悪とは思いませんが、それでも、
職業を、「社会からの要請を満たす役割を担うもの」ではなく、「自分の収入を得るためのツール」として見なす視点しかなくなると、そこから倫理がなくなっていくのは当然です。

 
「収入を増やすこと」こそが最大の目的となるならば、「何をしようが、捕まらなければいい」という風潮になるのは自然なことと思われるからです。

 今は倫理という言葉はしばしば、「何をしたら捕まるか」などのニュアンスで用いられています。
 
何が悪いことかを考えている時点で、「倫理」という言葉の使い方がすでに間違っていると思います。

 「倫理」は、みんなが自由に暮らす社会で、誰もが幸せに暮らせるようにするために、一人ひとりが
自分自身を自ら律するための心の鎖であり、道しるべです。

 「倫理」、そして「職業倫理」という言葉は、自分が社会人として、職業人として、
目指すべきものを目指し、大切にするべきものを大切にし、そして、良しとしないものをしない、そのために用いられるべき言葉であると思います。

 ただ、実際にはこれから経済的に格差が拡大していく社会になることが心配されています。
 そうすると、その言葉がますます意味を持たないものとなっていく可能性もあります。
 僕としては、そのことを、大いに危惧します。


このHP内の文章、イラストの無断転載を禁じます。
著作権の一切は二本松昭宏に帰属します。
ライン

あなたのご感想を心からお待ちしております。

おなまえ(ハンドルでも)

メールアドレス(できれば)


性別

メッセージ・ご感想