飼い主さんの選択と獣医師の願い


 動物病院にとって、もっとも大切な仕事のひとつは、
病気の動物を治療して健康な状態にしてあげる、という事です。
病院に病気の動物を連れて来る人は、
基本的には病気を治してもらう事を目的に、
動物を連れて来ているのだと思います。

病気を診断したとき、治療法にはしばしばいくつかの選択肢が出て来ます。
そんな時は、治療法をいくつか提示して、
それぞれの利点、欠点と考えられる予後を説明した後、
飼い主さんに選択していただくのですが、
時折、治療という選択肢を拒否され、
「治療をしない」という選択肢を選ぶという答えが返って来る事があります。

そんなとき、獣医師として、相手にどうお話をし、
どの選択肢を勧めて行くかという事は、
とても重要で、かつ難しい問題になって来ます。

獣医師なんだから、病気が来れば治療をするのが当たり前じゃないか、
と言われるかもしれませんが、ことはそう単純ではありません。

獣医師は、委託を受け、飼い主さんの代理として治療行為をします。
当然、医療行為において、決断をし選択をするのは飼い主さんの役目です。
獣医師は、相手にとって最善の選択がなされるよう、
知識を与え、どの治療をすればどうなるか、
治療しなかったとしたらどうなるか、
ということを予想し、それを告げます。

飼い主さんがもし、
医学的に見れば”正しくない”選択をしようとしている場合は、
その選択によって起こりえる結果を予想し、
それを告げなければなりません。

飼い主さんが動物が良くなる事を望んでいて、
それでいて誤った選択をしようとしている時は、
そのことを指摘して、より望ましい結果が得られるように
アドバイスをしなければいけません。

もしそこで何も告げず、飼い主さん自身が本心は望んでいない結果となったなら、
それは、最善の選択をするよう手助けをしなかった獣医師の過失です
(もちろん、「その選択をすると、悪い結果となり得ますよ」と伝え、
 それでも飼い主さんがその選択をしたのなら、
 それは飼い主さんの自己責任だと思います)。

獣医師は、飼い主さんにとって最大の利益が得られるよう、
最善の選択をしてもらうための手助けをしなければなりません。

ところで、誰のために治療をするのか、ということは、
獣医師にとってもしばしば考えさせられるところです。

昔、大学時代に、僕の友人のひとりに、
「獣医師は"動物のために"治療をするんだ。
 飼い主が治療を拒否したら、動物を奪い取ってでも治療をするべきだ。」
と言っている人がいました。

気持ちは分かりますが、今考えてみると、
やはり、その考え方には納得できません。
そもそも飼い主さんの同意を得ていないのであれば、
所有権が飼い主さんにある以上、
獣医師に動物を治療する権利はありません。

もし、無理矢理奪って本当に手術なんかしてしまったら、
「器物損壊(これも問題ありな名前ですが)」の罪で、
裁判に訴えられてしまいます。

社会の中で、職業のひとつとして成立するためには、
あくまでも、飼い主さん(ようするに人間)の利益のために、
動物を治療する、という立場を取るしかありません。

では、動物の利益はどうなるのか、
という指摘が出てくると思いますが、
僕のモットーとしては、

『「何とかして欲しい」という気持ちに、
 「なんとかしてあげたい」という気持ちで答える』

というスタンスで仕事をして行きたいと思っています。

飼い主さんの願いに、僕の願いを重ねるということです。
これは、聞こえはいいですが、
一方で、逆を返せば、
「飼い主さんがなんとかして欲しいと思っていなければ、どうしようもない」
ということではあります。

”獣医師は常に動物の味方であるべきだ”という考えのもとで、
この考え方を見れば、動物を最優先していないという事で、
憤りを感じるかもしれません。

僕もかつては何を指針として働けばいいのか悩みましたし、
今も時に悩み続けているところです。
でも、動物の利益を最大限にするということはなかなか難しい、
というのが獣医師になってからの感想であり、現実です。

話を最初に戻して、治療を拒否する飼い主さんの理由を考えれば、
金銭的な理由などであったりする場合もあるかもしれませんし、
純粋に動物がかわいそう、という場合もあるかもしれません。

日々の生活で精一杯の人に
(それはそれで動物飼育の是非の話がまた出て来ますが・・。)、
経済的な問題よりも、動物の治療を最優先しろと、
強制する事も出来ないというのも実際のところです。

治療において、僕が重視したいのは"心"です。
「なんとかして欲しい」という心の願いに対して、
僕自身も心を込めた願いで応えたいと思っています。

病気が重度で治療もリスクがあるという場合で、
積極的な治療は望まず、最期を家族で看取りたいと飼い主さんが願うなら、
その思いはその思いとして大切にされるべきだと思いますし、
家で安らかに過ごさせてもらえればと思います。

でも、治療さえすれば、元気になれる病気である時には、
僕は、
「治療すれば元気になれる可能性がありますので、
 獣医師としては、治療して、元気にしてあげたいと思っています。」
と、僕自身の願いを伝えるようにしています
(僕は、「するべきだ」という言い方は極力しません)。

僕が伝えるのは、動物に元気になって欲しいという僕の願いであり、
飼い主さんに治療してあげて欲しいという僕の願いです。

僕が治療行為のベースにしたいと願っているのは、
「動物と飼い主さんに健康で幸せに暮らして欲しい」
という、僕自身の願いです。

それで向こうが心を動かされ、
治療を依頼してくれば、もちろんその依頼を受けることになります。
でも、それでも治療をしない、という選択をするのであれば、
それはもう、それ以上強く勧める事も出来ません。

獣医師は、飼い主さんが最善の選択をするように、
手助けをしなければいけませんが、
自分の考えを飼い主さんに押し付け、
選択を無理強いさせる事も出来ません。

すんなり病気の診断をして、
すんなり治療して、すっきりと動物が元気になってくれる、
いつもそんなことばかりだったらどれだけ幸せだろうかとよく思いますが、
臨床においては、症例もいろいろで、飼い主さんもそれぞれですので、
一筋縄でいかないところです。


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