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動物病院を開業していると、いろんな動物が来ます。
その中で、しばしば相談され、頭を悩ませられるのが、「ノラネコの手術」です。
日本の社会の中では、犬はほぼ100%、家庭で飼われています。
狂犬病予防法によって野良犬は捕獲の対象とされているため、野良の犬は、地域の中には基本的にいません。
一方、猫は、狂犬病予防法の対象とされてはおらず、“ノラ”の猫が存在します。
リードにつながれている犬に比べ、猫では、“飼育猫の外出”も普通に見られるため、飼われている猫と“ノラ”の境目が曖昧です。
100%室内で飼育している猫や、100%野外で生活し食事を誰からももらわずに生きている猫は、飼育ネコかノラかが分かりやすいのですが、「家の周りで生きていて、餌をあげると寄ってくる」という猫は、100%飼育でもなく、かといってノラとも言い切れません。
動物病院にとって頭を悩ませられることは、そういう猫を連れてこられて、避妊・去勢手術をして欲しいという依頼があったときに、しばしば「ノラだから安くしてくれないか」と聞かれることです。
ノラネコと言われたときに、手術代をどうするかということの前に、ノラネコの手術において見られる独特の“リスク”をあげてみたいと思います。
ノラネコを手術するときには、猫にとってのリスク、スタッフにとってのリスク、病院・他の患者さんにとってのリスク、という、3つのリスクが潜んでいます。
それぞれを考えていきます。
1.猫へのリスク
手術をするときは、言うまでもなく、麻酔を使用しなければいけません。
“猫へのリスク”のほとんどは、麻酔から来るものです。
ノラネコの手術において、麻酔のリスクは、飼育猫に麻酔をかけるときよりも高いものになります。
麻酔は、相手の意識と痛みを無くす目的で行われますが、「興奮している動物には麻酔が効きにくい」という面を持っています。
人に触られ慣れ、動物病院にも慣れている子は、動物病院に来ても、興奮度はそこまで高くなりにくいですが、「人に触られ慣れておらず、いきなり捕まえられ、見知らぬ所に連れてこられて、何をされるのかと極度の恐怖状態にある」猫は、病院に来た時点で、すでに麻酔が効きにくく、痛みに対して過敏な状態になっています。
麻酔が効いておらず、痛みに反応する状態では、体にメスを入れることはできません。
通常量で麻酔の効きが悪い場合は、当然麻酔の用量を増やさざるを得ないこともあります。
すると、麻酔が効かないから、麻酔を増やしていって・・としていると、突然麻酔が効きすぎて血圧が下がり、心拍が低下し・・、という可能性もなくはありません。
また、麻酔前は必ず前の日の夜から絶食をしていただくように指示させていただいているのですが、相手がノラネコさんでは、前の夜に捕まった場合は良いのですが、捕まえてすぐに連れてこられたような場合、本当に絶食しているかどうか、よく分からない場合もあります。
時には、猫を捕獲したケージの中にキャットフードが散らばっていることもあります。
手術前に絶食されていない場合、麻酔の覚醒時に嘔吐して誤嚥性肺炎を起こす可能性がありますので、麻酔の覚めかけにおいてのリスクが上がることになります。
よく、「ノラネコだから安い麻酔を使ってしてよ」と言われるのですが、プロとしては、ノラネコだからといって、麻酔をいい加減にしたりはしません。
したがって、麻酔は、全個体においてイソフルレンの吸入麻酔と鎮痛剤を用いてきっちり行います。
また、昔注射麻酔として用いられていた「ケタミン」という麻酔薬は、2007年から麻薬指定され、使用が厳しくなってきています。
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右の写真は、箱に入れて麻酔を嗅がせ、導入を行っているところです。
当院では、ノラネコの手術は、できる限り箱麻酔で導入しています。
直接保定されないので、猫の興奮も少なく、スタッフが引っ掻かれるリスクも低いです。 |
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ただ、すんなりと麻酔箱に入れることができればいいのですが、やたら頑丈な檻や段ボール箱に入れられてきたり、麻酔箱に入れるのが困難な場合は、やむを得ず注射麻酔で導入することもあります。
注射麻酔は箱麻酔よりも本人の痛みや恐怖が大きいため、少し効きにくくなる可能性があります。
また、その猫が、伝染病や何らかの疾病を持っていた場合、それも潜在的なリスクとなります。
健康そうに見えて実は病気だったとしても、ノラネコでは麻酔前に血液検査をするというのがほぼ不可能ですので、病気を発見できない可能性が高くなります。
2.スタッフに対してのリスク
ノラネコは、基本的に人間に触られ慣れていません。
そのため、捕まえられることは極度の恐怖を引き起こしますので、麻酔の前後で、スタッフが咬まれたり、引っ掻かれたりとダメージを受ける可能性が存在します。
学生時代実習に行った病院で経験したことで、未だに忘れられない出来事があります。
それは、「麻酔の注射をしようとした獣医師の手の平に食いついて、漫画のようにぶら下がった猫」のことです。
そこの病院は、当時、注射麻酔で猫に導入を行っていたのですが、注射しようとした瞬間、タイミング良くケージを飛び出し、逃がすまいと捕まえた獣医の手に思い切り噛みつき、ぶらんとぶら下がった状態になっていました。
猫の口の中は雑菌だらけであり、咬まれると、傷はものすごく腫れます。
指や手のひらを咬まれたりすると、傷口は1週間は腫れ、痛みも激しく、手術や日々の診察に当たって、深刻なダメージとなります。
僕自身は、開業してから今までのところ、ノラネコに咬まれたことは一度もないですが、それは、「絶対に咬まれないようなやり方」で、麻酔・手術をするように気をつけているからと、もうひとつは運が良かったからです。
猫に一度咬まれると、1週間は痛みとつらさでうめくことになりますので(しかも、仕事に差し障ったとしても、誰も補償してくれません)、咬まれることだけは極力避けるようにしています。
「咬まれても我慢する」のではなく、「いかに咬まれないようにするか」に注意しながら日々仕事を行っています。
3.病院・他の患者さんに対してのリスク
ノラネコは、飼育されている動物よりも、感染症や寄生虫を持っている可能性が、実際問題高いです。
中でも感染症はやっかいです。
ウイルスは目に見えず、麻酔の回路が汚染されると、知らないうちに他の動物に病気を伝搬する危険性もあります。
麻酔を行う器械は同じですので、回路内が汚染されないように、ノラネコの手術の後は、回路のフィルター(上の写真の、箱の上の青い部分)を交換したりと、気を使う必要があります。
また、ノラネコはノミを持っている可能性も非常に高く、手術中に術野にノミが見え隠れすることもたまにあります。
ノミがいる場合は、あらかじめ、フロントラインスプレーを術野を四角くブロックするように(まさに“前線”です)スプレーしておくのですが、それでもノミが術野に見えてきたときは、かなり滅入ります。
ノミがいる個体の手術が終わった後は、ノミの卵や成虫が手術室に残らないよう、大掃除をしなくてはいけません。
ノラネコの感染症・寄生虫(主にノミ)のリスクは、結局は、他の一般の飼い主さんとその動物に対してかかってくるリスクです。
でも、だからといってノラネコの手術を断るつもりもないので、ノラネコの手術をしたときには、他の動物へのリスクとならないよう、消毒なり掃除なりに最大限気をつける、といったところです。
総論:
3つのポイントからノラネコの手術を述べましたが、結論を言えば、「ノラネコの手術は気を使う」というところです。
麻酔も全く同じ、手技も一緒、縫合糸など使用する材料も一緒、その一方、リスクだけはノラネコならではの部分が多々存在する、というところから、うちの病院では、「ノラネコだから手術代安くしてもらえないか」という問いに対しては、「申し訳ないが、値段は一緒にさせていただいています」とお答えしています。
ノラネコといっても、その境目がとても曖昧で、実際は毎日餌をあげていて実質ペットであるのと変わらなかったり、また、ノラネコだからと安くすると、飼い猫なのに「あそこはノラといえば安くしてもらえると」と言われ、自称“ノラネコ”が集まるようになる可能性がある(実際、そう言う話はよく聞きます)、というのも、その理由のひとつではあります。
ただ、猫好きの人が何匹も連れてくると、実際忍びない思いを抱きますし、かといって今回述べたように割引は抵抗があるし、というところで本当に頭を悩ませるところです。
ここまで御拝読いただきありがとうございます。
あなたの貴重なご意見・ご感想をお聞かせいただけますとうれしく思います。 |
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