治らなかったら治療費は払わなくていい?


 動物病院にとっての理想は、病気になってきた子が、元気になって帰ってもらい、飼い主さんに喜んでもらうことです。
 でも、現実には、
いつもそう理想通りに行くわけではありません
 病気になったとき、きっちり治療したとしても、治すことのできない病気というものも、しばしばあります。
 そんな時、飼い主さんの中には、期待に添わない結果が出た事への不満が感じられることもあるかもしれません。

 治療して、予後が悪かった場合、治療費を払うの払わないのとトラブルになることもあります。今回は、「
望んだ結果にならなくても治療費は払わなくてはならないのか」ということをテーマに考えます。

 例として、しばしば飼い主さんの落胆の元、そして未払いの元にもなる、「
ネコの尿道閉塞」をあげてみます。
 この病気は、
前の日まで元気だったネコが、尿道に石が詰まることにより、急な尿道の閉塞と、それに続く急性腎不全を起こす病気です。飼い主さんは、急にネコがトイレにしょっちゅう行くようになったけど尿が出ていない、よく吐くといった症状に気づき、病院に来院されます。

 飼い主さんの中には、しばしば、おしっこが出なくなったくらいで動物が死ぬはずがないと考える方もいらっしゃいます。
 しかし、この病気は、急死することも、永続するダメージが体に残ることもあり、また、一旦良くなってもまた再発することもよくある、やっかいな病気です。
 この病気にかかったときの予後は、次の3つです。

1.
後遺症状無く完治
 これは、発症後すぐに病院に連れてきてもらったために、腎臓へのダメージが起こらなかったものです。
 ネコは、病気になる前の元気な状態になります。当然、この時にはトラブルにはなりません。

2.
何とか助かったが、腎臓のダメージが残る
 病気の発症からしばらくしてからの来院になると、
腎臓がダメージを受けており、助かっても、後遺症状が残ります。
 完全に元通りではないため、トラブルの元になることもあります。

3.
腎不全で死亡
 発症後、かなりの時間が経ってから連れてくると、体は
尿毒症の状態に陥っており、また腎臓も回復不能なダメージを受けています。そのため、急性腎不全により、死亡します。
 治療しても死亡してしまうため、トラブルの元になることもあります。

 1番と2番の助かった状態になっても、また尿道に石が詰まると
再発します。その時に早く来院しないと、ネコは尿道閉塞→腎不全で死亡します。
 その時も、飼い主さんが“治ったはず”と考えている場合には、それと反する結果となるため、トラブルの元になることがあります。

 この病気は、きちんと治療したからあとはもう大丈夫、というものではありません。それが飼い主さんにきちんと理解してもらえない場合には、しばしばトラブルが起きます。

 もちろん、手技的なミスがあったり、インフォームドコンセントの不足があったりという場合には、それは獣医師側の手落ちです。その場合には、獣医師側に責められるべき点がありますが、それがなかったとしても、飼い主さんが「動物が完全に元通りになる」ことを望んでいるが、それができない場合には、トラブルの元になることがあります。

 ただ、尿道閉塞後の予後の最も大きな要因となるのは、実際には飼い主さん側の「いかに早く、病気を見つけ、連れてくるか」という、発症後の経過時間です。
 
獣医師側が、いかに精一杯治療して、最善を尽くしたとしても、連れてくる時間が遅ければ、結果は、後遺症状が残ったり、死亡したりということになります。治療後に治って、家に帰っても、再発してまた放置されれば、そのまま死亡します。

 僕は、飼い主さんが、動物を悪化させてから連れてきたとしても、「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」とか、「あなたのせいでこんなに悪くなったんだ」といったようなことは、一切言わないようにしています。
 なぜなら、飼い主さんは、動物を連れてきた時点で、動物が弱ったことにショックを受けていたり、自分自身を責めていたりという可能性があるからです。それを
獣医師側が、さらに追いつめるようなことを言うのは、してはいけないことだと思っています。

 ただ、中には、自分が動物を放置しておいて、そこまで悪化させたのに、それを棚に上げて、「動物を元通りにするのは、獣医の仕事だろう」と言い、完全に元通りにするよう要求する人もいます。
 自分が責任を感じなければいけない部分も多々あるのに、悪かったことを全て獣医師のせいにして、自分に非はないと考えようとする人もいます。

 尿道閉塞に限らず、病気の中には、
治すことのできない病気というものも、残念ながら少なからずあります。
 悪性腫瘍や、不治のウイルス、臓器の不可逆的な機能喪失などは、実際に治癒困難な場合もあります。

 獣医師の使命は、病気になった動物を治療し、飼い主さんに喜んでもらい、社会に貢献することです。飼い主さんも、多くの人が、「動物病院に連れて行けば、何とかしてもらえる」と考えていらっしゃるかも知れません。
 しかし、
獣医師は神様ではなく、ひとりの人間に過ぎません
 獣医師にできることは、
悪い原因になっているところを取り除き、動物が回復することを手助けすることだけです。
 魔法のように、死んでしまった組織を蘇らせたり、腫瘍細胞を元に戻したり、時間をまき戻したりすることはできません。
 時間が経って、悪化させてから連れてこられても、元通りにはできないこともあります。

 動物を元通りにすることを望み、それが獣医師の義務だと考えている人との間には、しばしば、「なぜ元通りにならなかったのに、お金を払わなければならないのだ」というトラブルが起こることがあります。

 しかし、レストランで食事をすれば対価を払うのが義務であるように、動物病院においても、治療行為を受けたときには、
治療費を払うことは、「義務」です。それは、社会における、経済活動上のルールです。

 仮に、治療費が、治療して完治したときのみ支払われるべきであったとします。
 ということは、元通りに回復したときには治療費は払われ、予後が悪かったり、動物が死んでしまったときには、治療費が支払われないということです。

 そのことを、先ほどの尿道閉塞の例に照らして考えてみると、「完治したときのみ治療費を払う」という理屈がおかしいことが分かります。
 なぜなら、尿道閉塞という病気において、
良くなるのは、早く飼い主さんが連れてきたときのみであり、予後不良となるのは、飼い主さんが連れて来るのが遅れたときだからです。

 
動物の異常を早く見つけ、早く病院に連れてきたときには、高い確率で予後が良くなります。しかも、治癒するまでの日数も短くなります。
 しかし、
飼い主さんが動物を連れてくるのが遅れた場合は、高い確率で予後が悪くなり、しかも治療日数も長引きます。要するに、治療費が高くなるということです。

 「完治したときのみ治療費を払う」のであれば、悪化してからつれてこられた場合には、治療が大変になり、手間も日にちもかかり、それでいてお金も払ってもらえないことになります。
 それは正しいことでしょうか?

 
動物病院の経営には、お金がかかります
 獣医師が病院を建てることができたのは、宝くじが当たったからでも、資産家の跡取りだったからでもありません。「
借金をしたから」です。
 
獣医師は、莫大な借金の返済をしつつ、病院のさらなる充実のために、新しい機材や設備の導入、本の購入などをしていかなければなりません
 そのお金をどこから捻出するかと言えば、それは
飼い主さんからの治療費による収入以外にはあり得ないのです。

 尿道閉塞の治療をしたとして、その治療においては、麻酔や麻酔モニタを使って麻酔をし、尿道に入れるチューブを用いて尿の導入を行い、点滴器を使って点滴をします。犬舎のケージや集中治療室を使って入院をすることもあると思います。
 そういう機材がどうやって導入されたのか。それは、
獣医師が借金をして導入した機材なのであり、施設なのです
 そういう機材なり、施設を使用して治療行為が行われた以上は、治療費をいただかなくてはなりません。治療費をいただかなくては、病院を存続させていくことができないのです。

 もしかしたら、動物病院というのは、高いお金をとって、獣医師はいい暮らしをしていると考えている人もいるのかも知れません。
 たしかに、借金が無くて、新しい設備投資をするつもりがないのなら、それも可能かも知れません。
 でも、実際には、新しい設備投資、物品購入の繰り返しで、借金がなくなるのは気が遠くなるほど先の話です。
 手術の器具は何万円というのが普通であり、本は1冊1〜5万円です。麻酔モニタや超音波、内視鏡といった機械類は、何百万円もするのが普通です。

 自慢じゃないですが、開業してからというもの、2年連続で院長の年間収入はゼロ円です。それは、院長の取り分になる分はすべて病院の方に回しているため、僕の給料がゼロだからです。

 
病院の経営と成長は、飼い主さんからの治療費を源とします。そのことを獣医側は忘れずに、また飼い主さんに還元されるよう、より良い病院になることを目指していかなければならないと思います。
 そして、飼い主さんには、誤解しないよう、ご理解いただきたいと思います。


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