僕達が普段何気なくする行為について、おやっと思ったことを文章にしてまとめてみただけです。あまり深くとらえないでくださいね。
「ナムアミダブツ」と動物の成仏
動物の命の灯が消えたとき、僕達はよく手を合わせ、「ナムアミダブツ」と唱えます。でもその言葉により死んだ動物は本当に成仏できるんでしょうか。
ほぼ全ての宗教は人間の救済を目的としています。苦しんでいる人の救いになることが宗教の大きな目的の一つであるのでそれは当たり前です。一神教においては動物の救済はおそらく想定外です。比較的全ての命に価値を認める仏教でも、お釈迦様がそこまで考えたかは不明です。日本人は大半の人が手を合わせて拝む行為をします。動物における成仏の問題を考えてみます。
仏教の目的はズバリ
輪廻からの解脱
です。仏教の世界観においては世界は
天界・人界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界
の6つから構成され、死後は49日の裁判の後、自分のカルマに基づいてどこかの世界に転生します。
輪廻からの解脱には2つの方法があり、1つは
悟りにより自力で解脱
を果たす
聖道門
、もう1つは阿弥陀仏などが用意した
浄土に行くことで解脱
を果たす
浄土門
です。
「ナムアミダブツ」と唱えたときに救われるのは阿弥陀が
「私の名を唱えるものを浄土に招く」
と決めごとをしたからです。従って僕達人間が「ナムアミダブツ」と唱えたときには浄土に生まれ変わることが確定します。
しかしです。人間が念仏を唱えたところで動物が自分で唱えたわけではありません。悟りを開いた犬というのも聞いたことはありませんので、動物が亡くなった時点でそのまま成仏できるとは思えません。死後、動物が成仏するために絶対に必要なことは
1.
来世で天界もしくは人界に転生する
どの世界に転生するかは
生前のカルマ
によります。従って、生きている間にそれなりの功徳を積んでおく必要があります。
2.
新しく生を受けた後で仏教の教えを受ける
成仏するにはあくまでも聖道門あるいは浄土門をくぐる必要があります。
他人が念仏を唱えることはあくまでも
追善供養
です。カルマを積み足すことは出来るかも知れませんが、阿弥陀の本願にはかなっていないため浄土にはいけません。
とすると、うちの家は浄土真宗なので僕は念仏のおかげで浄土にいけたとしても、我が家のコンパニオン達は輪廻転生の対象となるため、そこで離ればなれなのでしょうか・・。
そんなことで悩む人もあまりいないと思いますが、不幸にも手を合わせるような状況になったときには「安らかにお休み下さい」と言っておこうというのが今の結論です。
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