医療の根底にある「願い」


 医療と言うのは、医学の知識や技術を用いて命を救う行為ですが、
ではなぜ命を救うのかと言うと、
人医療と動物医療では、微妙に考え方に異なりが出て来ます。

人の医療では、ヒューマニズムの考え方を根底に持ち、
「命は大切だ。
 だから救わなければいけないんだ。」
という義務感で、仕事の内容と自分の行動とを貫かせる事ができます。

「命は価値あるもので、だからこそ命を救わなければいけないんだ」
という前提の元では、命を救う事は疑うべくもない善であり、
救わない事は、それ自体が許されない悪です。

ところが、動物医療ではちょっと話が違って来ます。
命は価値あるそれ自体が大切なものであり、
だからこそ救わなければいけないんだ、となると、
獣医療においては、いろいろおかしな問題が出て来ます。

治療を行うのが善、治療を行わないのは悪、
となると、治療を行うと言う選択肢を常に押し付けないといけない話になりますし、
飼い主さんが治療を行わないという選択肢を行おうとしても、
それは許されない事になってしまいます。

なにより、生きている命はすべて価値ある大切なものだから、
野生動物も含めて、すべての地球上の動物の病気を治さなくてはならない、
と考えたとしても、それは不可能ですし、
そう思うこと自体がおかしな要素を含んでいます。

僕はもともとヒューマニズムというのは好きではないのですが
(地球の歴史においてごく最近出現した人間などに、
 なぜ絶対的な"命の価値"などを言及する事が出来るのか、ということです)、
そうなると、獣医師が動物の命を救うことの意味、
についての考え方が難しくなって来ます。

僕は、ヒューマニズム的な考え方を当てはめて、
動物を治療するということ自体が、無理なのだと思います。

「命は大切であり、だからこそ救わなければいけない」
ではないと思います。

命が"価値"あるものなのかどうかなど、
命を救うという事とは直接の関係のない事です。

命の向こう側には、「命を大切に思う」飼い主さんの気持ちがあります。
命が価値あるものかどうかは分かりませんが、
飼い主さんが、目の前の命を大切に思い、
獣医師も、その命と、飼い主さんの思いを大切に感じている事は確かです。

獣医師は、飼い主さんが"大切に思う"という、
その心にこたえるために、命を救うのだと思います。

その事は、医療においても獣医療においても同じだと思います。
そう考えるなら、獣医療も医療もどちらの方が重い、
ということもなく、同じものを守ろうとすると言う事で、
同じ道の上にある行為であるのだと思います。

ただ、「命への願い」を根底として考えれば、
すべて問題がなくなるかと言えば、そうでもありません。

「命への願い」を大切にする医療において、何より大切となって来るのは、
"どれほど飼い主さんが動物の事を大切に思っているのか"
という、その一点に尽きます。

病気になって、治療法が考えられた時にも、
そのことを提示したとして、すべての人が治療を選択するわけではありません。

命は大切で、だからこそ助けなければいけないのであれば、
飼い主が拒んだとしても、それを奪い取って治療する事が可能です
(治療を選択しない方が悪いとなるからです)。

でも、実際には、動物の事をそれほど大切に思っておらず、
なんとかしてあげようと思っていないのであれば、
獣医師としてはお手上げであり、説明して治療を提示したとしても、
拒絶されれば、それ以上はどうにも出来ません。

もし、命がそれ自体価値あるものであり、
その価値故に、「治療を受けなければいけないもの」なのであれば、
奪い取ってでも治療をしなければいけないのだと思いますが、
現実にはそうではありません。

でも、飼い主さん自身が動物の事を大切に思う気持ちを持っており、
治療費や何らかの都合などで治療を出来ないというのであれば、
なんとかしてあげたいという思いに報いるためにも、
出来る限りの事を、獣医師としてもしてあげたいと願います。

「人がなぜ動物の命を救うのか」
というのは、簡単なようで実は深い話ではありますが、
「命は価値あるもので、だから救う」
のではなく、
「命を大切に思う気持ちがあり、その気持ちに答える」
ということが、獣医療、さらには医療というものの根底だと、
僕はそう思います。


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