フィラリアの寄生場所は、心臓ではなく肺動脈です


動物病院では、もうそろそろフィラリアの血液検査の時期が始まります。
フィラリアは、犬で多い病気であり、
しっかりと予防していなければ命に関わりますので、とても重要な病気です。

その一方、非常にややこしい感染環を持ち、病態も複雑ですので、
よく知られているようでいて、案外誤解されている部分も多い病気です。

中でもよくある誤解のひとつが、
フィラリアの寄生場所についてです。

一般の飼い主さんに、
「フィラリアはどこに感染しますか?」
と尋ねると、おそらく十中八九の人は、
「心臓の中でしょ」
と答えると思います(動物病院がそう言っているからですが)。

正確に言うと、フィラリアが感染する場所は、心臓ではありません。
本当の寄生場所は、右心臓から肺の方に移動した場所の「肺動脈」です。


「フィラリアの寄生場所は"右心系"です」
という説明は、広い意味では合っていますが、
「フィラリアの寄生場所は"右心室"です」
という説明は、大目に見ても間違っています。

フィラリア幼虫(L3)が蚊から犬の体に入って来た後、
皮膚の下で幼虫はL5まで成長します。
その後、L5幼虫は血管に侵入し、
そこから静脈を経て、体の奥の方へと運ばれて行きます。

血流に乗ったフィラリア虫体は、そのまま肺の方まで流されて行き、
肺動脈末端で引っかかり、そこで移動を終えます。
自分で移動してそこに行くのではなく、静脈の中に入る事により、
大静脈から心臓を経て、肺動脈まで流されてそこにたどり着くのです。

それから、肺動脈内で成虫に成長し、
死ぬまで(5~6年)肺動脈の内部で生活します。
フィラリア虫体は右心室から流れてくる血流に押され続けていますので、
通常は肺動脈にいるのみであり、心臓の中にはやって来ません。

心臓の中に出て来るのは、肺動脈病変が悪化し、
肺動脈血圧が高くなって、
右心室圧と肺動脈圧の差が少なくなって来てからです。

分かりやすく言えば、血の流れが悪くなって来たから、
心臓の中に紛れ込んで来てしまった、ということです。

心臓の中に出て来てしまうようになると、
犬の心臓の弁に虫体が絡んでしまい、
急性の心不全になってしまいますので(「ベナケバ・シンドローム」)、
フィラリアにとっても宿主として大切な存在である、
犬自体が死んでしまいます。

寄生虫にとって一番望ましい状態は、
宿主を生かさず殺さずの状態に保ったまま、ずっと寄生し続け、
ミクロフィラリアを放出していき、
他の犬に自分の子孫を広めて行く事です。

宿主を殺してしまうというのは、フィラリアにとっても、
望ましい事ではありません。

心臓内部は、筋肉の動きも血流も激しいですので、
フィラリアにとっても、居心地の良い場所ではありません。
そもそも、よほど犬が弱らない限り、心臓の中に出て来る事は不可能です。

したがって、フィラリアの寄生場所は、心臓の中ではありません。
心臓の中は、フィラリアにとっては、好ましくない場所です。

それなのに、動物病院がなぜフィラリアの寄生場所を心臓と言うかといえば、
その理由は二つあります。

ひとつ目は、その昔、エコーが無かった時代、
フィラリアで死んだ犬の剖検をした所、
どの犬からも心臓の中から虫体が出て来たため、
「フィラリアの寄生場所は心臓だ」
と、獣医師自身が誤解してしまったという事です。


剖検で心臓の中から虫体が出て来たのは、
血流が止まる事によって、フィラリアを肺動脈の奥に押し流す力が無くなり、
それまで肺動脈の方にいた虫が心臓の中に出て来たからです。
つまり、犬が死んだ状態でないと、心臓の中に虫がぎっしり、
という状態はあり得ないという事です
(したがって、剖検して心臓の中にフィラリアが詰まっている写真に、
 「心臓に寄生しているフィラリア」と説明書きを付けるのは明らかに誤りです)。

エコーが発達して来た今では、寄生場所は心臓ではないという事は、
明らかになって来ています。
少なくとも、エコーを心臓に当てて、
心臓の中に虫体がいるのを見て、
「あー、フィラリアが寄生しているね。」
と悠長に言う獣医師はいないはずです。

もし虫体が心臓の中にいるとすれば、
それは虫体が弁に絡んで急性症状となっている
「ベナケバ・シンドローム」であるということであり、
それは即刻手術が必要な一大事です。

ベナケバ・シンドロームで心臓の中に虫体が存在していたとしても、
それは寄生しているのではなく、フィラリアにとっても、
思いがけず迷入してしまった状態です。

ベナケバ・シンドロームの時は、弁に絡んで、
心臓と血液の激しい動きにさらされていますので、
フィラリアは著しく弱っているか、死んでしまっています。

もうひとつの理由は、飼い主さんにフィラリアの事を説明する時に、
「寄生場所は肺動脈です」
と説明しても、飼い主さんが肺動脈の事をよく分からないために、
ピンと来てくれない事があるということです。


一方、肺動脈という言葉を使わずに、
「寄生場所は心臓です」
と説明すれば、飼い主さんはなるほどと納得してくれ、
おまけに「そりゃ怖い」と、危機意識を持ってくれやすくなります。

ただ、寄生場所は心臓ではないのに、
「寄生場所は心臓です」
と説明すると言うのは、卒論をフィラリアで書いた人間としては、
とても心が痛む事ですので、
僕自身は、飼い主さんに説明をする時には、
「フィラリアの寄生場所は、心臓の奥の肺動脈です」
と説明をするようにしています。

肺動脈が寄生場所だと説明する事は、
正確ではあるのですが、若干分かりにくくなるというデメリットを持っています。
心臓と肺動脈のイラストが入ったプリントを見せながら
話をするようにしているのですが、
それでも、”心臓”と言い切るのに比べると、分かりやすさの点で、
負けてしまうのは致し方のない所です。

したがって、寄生場所が心臓だという事も、
飼い主さんへの分かりやすい説明の仕方としては、
許される範囲だと思います(医学的には正しくないですが)。

フィラリアと言うと、診察室に飾ってある、
心臓の中に虫がぎっしりの写真を思い浮かべる人も多いと思いますが、
犬が生きている状態ではあの状態はありません。

分かりやすく、正確に、という説明の仕方は、
なかなか難しいものです。

ちなみに、googleで、
「フィラリアの寄生場所」「心臓」
で検索した結果は、1830件のヒットであり、
「フィラリアの寄生場所」「肺動脈」
で検索した結果は、292件ヒットです。

正しくない認識の方が一般的になってしまっているという事で、
何とも複雑な気持ちになってしまうところです。


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