「大丈夫」、とは絶対に言わない
近年、医療を見る目は厳しいものになってきています。
かつては問題のなかった言動でも、気をつけなければトラブルの元になりかねないものもあるように思われます。
「
大丈夫
」という言葉も、その中のひとつです。
動物病院を開業していると、結構な頻度で、飼い主さんから「調子がおかしいのでお聞きしたいのですが・・」と電話がかかってきます。
そのまま、「来院します」と話が進むことも多いのですが、中には「
様子を見ていても大丈夫でしょうか
」と聞かれることがあります。
「様子を見ていても大丈夫でしょうか」とおっしゃる場合、おそらく飼い主さんは
安心感を得たい
とまずお考えなのだと思います。
ですが、それと同時に、たぶんその言葉の裏側には、
何かあった場合の責任の所在を他人に預けたい
という心理も働いているのだと思います。
「様子を見ていても大丈夫です」と言ってもらえば、具合が悪くなったとしても、「
様子を見ていた自分が悪いのではなく、大丈夫だと言った獣医師が悪い
」と自分を責めずに済むことができます。
たぶん、そういう質問を電話でして来る飼い主さんがこちらに求めていることは、
こちらが「大丈夫です」と言う
ことだと思います。
でも、獣医師としては、
その言葉は決して口にすることはできません
。
診ていない動物の状態を知ることはできず、ましてやこれからどうなるかどうかは、診ていない人間には分からない
からです。
したがって、「様子を見ていて大丈夫でしょうか」と聞かれたときの答えは、「
診てみないと分かりませんので、ご心配であればお連れ下さい
」というものになります。
テレビドラマなどでは、救急車で運ばれた人やその家族に対して、よくお医者さんや看護士さんが「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ」と話しかけているシーンが見られます。
実際の現場でどう言っているかどうかは知らないのですが、ドラマを見ていると、ついつい「
そんなことを口にしても大丈夫なのか
」と思ってしまいます。
なぜなら、「大丈夫」と口にして、患者さんが良くなってくれれば問題はありませんが、
万一亡くなってしまった場合、家族の人にとっては、「病院の人は大丈夫と言ったのに死んでしまった」ということになります
。
あとでトラブルにならないようにすることを考えるのならば、家族の人に対しては、現在の状況と予想される可能性を告げ、「最善の治療を行います」ということしか言えません。
切迫している状況であれ、軽々しく「大丈夫です」と言うことはできません。
大丈夫かどうかは、実際に治療してみないと、神様でなければ分からない
ことだからです。
ただ、人間の医療であれば、死にかけている人が「私・は・・大・・丈夫でしょう・・か・・?」と、不安のまっただ中で尋ねている人に対しては、「大丈夫ですよ!」と励ますことは、
裁量権の範疇
として認められる行為だと思います。
死にかけている人に「大丈夫でしょうか?」と聞かれ、「分かりません」と答えたとしたら、
助かるものも助からなくなる可能性があります
。
同じ理由から、人の医療では、本当の状態を本人には告げない場合もあります。
末期癌の人に、「あなたはもう助かりません」などと告げると、そのまま自殺してしまう可能性も考えられるからです。
でも、
「精神的なショックを避けるために真実を告げない」ということは、動物の医療ではあり得ません
。
獣医師には、
今どういう状態で、どういう治療法があり、そのメリット、デメリット、またリスクはどういうものか、それを飼い主さんに伝える
義務
があります。
飼い主さんの側には、
真実を知って、自分の望む治療を選択する
という
権利
があります。
まず飼い主さんを安心させるために「大丈夫」と口にする、という考え方もあるとは思いますが、個人的には、それはよくないと思います。
「大丈夫」と言わないと治療してくれないかも知れないから、ともかく大丈夫と言っておいて、まず治療をするように持って行く、ということもするべきことではないと思います。
真実を告げ、飼い主さんが「治療をしない」と選択するのなら、その選択は飼い主さんの責任の下に、尊重されるべきものです
。
獣医師の側に、飼い主さんの選択を無理強いするという権利はありません
。
飼い主さんが
より良い選択をするためには、病気に対しての、より正確な情報と知識が与えられている
ことが必要です。
そのためには、飼い主さんにとって
悪い情報だとしても、必要な情報は知らせておく必要があります
。
病気の中には、簡単に治ってくれるものもありますが、中には
なかなか治らなかったり、一生お付き合いになったり、場合によってはそのまま亡くなってしまうものもあります
。
簡単そうに見えても、案外治療に反応しなかったり、簡単な病気だと思っていたら、実はその背後に重大な病気が隠れていることもあります。
獣医師は神様ではありません。
すべてを理解し、未来を予測することはできません。
獣医師にできることは、現在の医学知識を元に、現在の状況と予後を推測し、治療法を提示することまでです。
「大丈夫」と言うことには、飼い主さんと獣医師のお互いにデメリットをもたらしてしまう可能性があります。
ひとつは、
飼い主さんに間違った情報を与え、正確な認識とより良い判断の機会を奪ってしまう
可能性があることです。
ある治療を続けていて、あまり反応が見られないときに、獣医師から「大丈夫です」と言われ続けていたら、飼い主さんからは、
他の選択肢を取るという機会が奪われてしまいます
。
「大丈夫です」と言うことによって、獣医師の側は引っ込みがつきにくくなる可能性もあります。
もうひとつは、これは獣医師にとってはとても深刻なことなのですが、「大丈夫」と告げることによって、
今後おこりえる結果に対して、獣医師側に責任のほぼすべてが降りかかってくるようになる
、ということです。
病気の中には治療しても反応しないものもあれば、死んでしまうものもあります。
獣医師は、症例毎に、考えられる予後を、「可能性」としてしか言えません。
例えば、
子宮蓄膿症
という病気を元に考えてみます。
この病気は、子宮の中に膿が溜まって、放置すれば高い確率で死んでしまう病気です。
病気であることが判明し、「大丈夫でしょうか」と聞かれたとしても、けして「大丈夫です」と答えることはできません。
なぜなら、子宮蓄膿症は、初期で正しく治療すれば助かる可能性が高いですが、進行すれば、多臓器不全となってしまい、
治療しても亡くなってしまうこともある
病気だからです。
「大丈夫でしょうか」と聞かれたとしたら、正しく答えるとすれば、その答えは「放置すれば100%近くが死んでしまいますが、手術して治療すれば70%が助かります。病気の重症度によってはきちんと治療したとしても、亡くなってしまう可能性もあります。」というのが正確な情報です。
亡くなる可能性や予後が良くない可能性のある場合、獣医師はその良くない可能性まで含めて、しっかりと説明しないといけないと思います
。
正しく説明することは飼い主さんに正しい情報を与えるための義務であり、それと同時に、獣医師側の責任の範囲を明確にするための防衛線でもあります。
人間の医療の世界でも裁判で訴えられることが日常的になり、獣医師も
いつ、どんなことで訴えられてもおかしくない
時代になってきました。
獣医師には、病気に対してするべきことをする責任はありますが、
飼い主さんの望むとおりの結果を常に100%導き出すというのは、相手が生きている命である以上、難しいものがあります
。
治らない可能性があるときに、過剰な期待を抱かせることは、時に不満と不信の気持ちを飼い主さんに持たせる結果になる可能性があります
。
治らない病気の時の最善の結果は、「
飼い主さんに満足してもらう
」ことです。
最初の時点で満足できない結果になり得ることが予想されるなら、その時は、「
治らない可能性もあります
」ということを、伝える必要があります。
結果が残念な結果になったとき、最初の時点でそうなる可能性を伝えられていたのなら、
その結果に対しての心構え
をしておくことも可能です。
でも、逆に、治らない可能性があるにも関わらず、最初に「大丈夫です」と獣医師側が言ってしまっていたとしたら、予期しない結果をもたらされた飼い主さんの側からすれば「
大丈夫と言ったじゃないですか
」と言うことになります。
少なくとも、獣医師側の発言によって、
不満と不信を飼い主さんに抱かせる芽を植え付けてしまっていた
ことになります。
獣医師には、症例に対して、現状を伝え、選択肢を飼い主さんに提示する義務があります。
理解し、納得してもらい、治療法を選択してもらったとしたら、その結果に対しての責任は、
獣医師がするべきことをしていた場合
は、
飼い主さん側
にあります。
でも、「大丈夫です」と言ってしまい、
選択肢を取り上げてしまった場合は、おこった結果に対しては、ほぼすべての責任が獣医師側に降りかかってきます
。
“
正しい情報を伝えなかった
”ということは、
獣医師としてするべきことをしなかった
ということであり、それだけで責任を問われかねないことです。
すべての症例において飼い主さんの期待通りの結果を導き出せる、というわけでもなく、起こりえる責任のすべてに獣医師が責任を持てる、というものでもありません。
飼い主さんが何気なく尋ねる、
「
大丈夫ですか
」「
大丈夫ですよね
」
という質問に対して、うかつに返答することには、あまりに多くのリスクが含まれています
。
昔なら、「大丈夫、まかしとき!」と言って、任せてもらえばそれで良かったのかもしれませんが、時代は流れ、
信頼関係をもとに何を言っても良い、という状況ではなくなりました
。
おおらかな関係の昔が良いのか、責任の所在がはっきりする今の方が良いのかというのは、僕にもよく分からないところではありますが、自分が就いている職業に、あまりに恐ろしいリスクが潜んでいるという状況を目の当たりにするにつれ、時折、正直背筋が凍るような気持ちがします。
「信頼関係」という言葉だけでやっていけるなら、それに越したことはないのですが、医療において、獣医師側も、飼い主さん側も気をつけなければならない現状というのはなにやら複雑な気もします。
現在は医療が「
医療側まかせ
」だった時代から、「
患者側の意志が見直されはじめた
」段階であり、
過渡期と言えるかも知れません
。
医療を与える側も、受ける側も、お互い安心して医療に臨める社会の姿が見えるには、もう少し時間がかかりそうです。
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