安楽死を選ぶとき
臨床をやっていて辛い時のひとつは、治療をしている時に、
治療を続けていても、動物の状態が徐々に悪くなって来て、
先が見えて来てしまったときです。
状態が悪くなってくると、動物が苦しそうな様子になって来て、
治療に反応している様子も見られなくなり、
本人も生きているだけで、それも苦痛そうな様相を呈して来る事があります。
そうなってくると、獣医師としても、
「安楽死」という言葉が頭をよぎって来ます。
獣医師にとっての理想は、病気の動物を治療して、
元気な状態に戻ってもらい、家に帰す事です。
でも、それができそうになく、
治療をしても元気な状態に戻す事につながらず、
ただ、本人の苦痛を長引かせるだけでしかない、
ということもあります。
そんな時は、
1.このまま治療を続ける
2.治療を止め、自然に死を迎えさせる
3.安楽死
という選択肢になってしまいます。
どれを選ぶにしても飼い主さんにとって辛い選択になります。
安楽死については、積極的に伝える先生と、
暗に言う先生と、一切言わない先生がいると思います。
僕は、積極的には言わないものの、
暗に示し、飼い主さんが反応して来たら、
詳しく話をしていく、というようにしています。
獣医師から積極的に安楽死の話をするというのは、
欧米では普通なのかもしれませんが、
日本では、特に安楽死に向き合った事のない人には、
まだ「安楽死なんてかわいそう」という意識もあります。
また、獣医師の側からいきなり話をすると、飼い主さんに、
「匙を投げられた」と受け取られる可能性もあります。
僕としては、飼い主さんの治療に対する気持ち、
動物に対する思いを見計らいながら、
「安楽死の話をするべきだ」と感じた時に、
それとなく、
「もう治療に反応せず、元気になる事は難しそうだ」
「治療して延命したとしても、辛い思いを長引かせるだけかもしれない」
「楽にしてあげるという方法も、選択肢のひとつだ」
ということを、様子を見ながら、少しずつ告げるようにしています。
その途中で、飼い主さんが治療に対して、まだやる気満々、
という様子である事が分かれば、その思いを尊重して、
安楽死の話はせず、もう少し治療を続行します。
一番大切な事は、飼い主さんの思いですので、
飼い主さんが悔いを残さないようにすることが何よりです。
安楽死を考えなければいけない時というのは、
飼い主さん自身が、
「もう辛そうだから、楽にしてあげたい」
と思ったときです。
でももし、飼い主さんが安楽死のことを選択肢として考えだしたとしても、
もう一度よく考えて選択してもらえるよう、
今の状態と、現在の治療とその経過、これから考えられる選択肢、
その他もろもろのことを、もう一度よく説明をします。
そして、飼い主さんが冷静に考えて、
飼い主さんの家族が全員納得してからでなければ、安楽死はできません。
一度決断し、実行してしまうと、
もう後から後悔しても、元に戻すという事ができません。
安楽死は、飼い主さん家族にとっては、とても重い選択肢です。
まだ治療を続けるか、もしくは安楽死を行うかという事は、
飼い主さんが後で後悔しないように、というのが、
何より一番大切なことです。
もし、決断が揺らいでいる時にしてしまったりすると、
後から、自分の選択を後悔してしまうかもしれません。
そうならないよう、獣医師は、
飼い主さんの心境と動物に対する思いを考慮しながら、
飼い主さんにとって最良の選択をできるよう
サポートして行かなければなりません。
安楽死をいつの時点で考えてもらうか、というのは、
とても難しい事ですが、僕としては、
飼い主さんが動物に対して抱く「もう少し生きていて欲しい」と思う気持ちと、
「もう苦しむ姿を見ていたくない」「無理に生かすのは、もう忍びない」
と思う気持ちと、どちらの方が大きいか、ということが、
安楽死を考えるポイントだと思います。
飼い主さんの心の中に、ただ苦しいだけの生を長引かせるよりも、
安楽のうちに死を迎えさせてあげて、早く苦痛から解放してあげたい、
という思いが強くなるかどうか、ということだと思います。
一番大切な事は、飼い主さんが自分の選択に後悔をしないという事です。
選択をするのは飼い主さんの役目となりますが、
獣医師の役目は、飼い主さんに最良の選択をしてもらう事です。
獣医師自身に、選択権があるわけではありません。
獣医師に、
「先生、どうするべきでしょうか?」
と尋ねられたとしても、答えとしては、
「飼い主さんが、後で後悔しないようにするべきです」
というのが答えになります。
治療を続けるべきか、安楽死をするべきかということは、
獣医師ではなく、飼い主さんが決断するべき事になります。
ただ、飼い主さんに選択権があるといっても、
いきなり、「都合が悪くなったので安楽死してくれ」
と言われても、それはお受けしません。
時には、飼育していて都合が悪くなったからとか、
動物が年を取って来たから、という理由で、
人間の都合のために安楽死を依頼される事があります。
しかも、嫌な事に、そういう依頼をしてされる場合、
たいがいは、今まで病院にかかった事のない人からの依頼だったりします。
そういう場合は、基本的にお断りするようにしています。
安楽死は、動物を思う飼い主さんの気持ちに答えるために行うのであって、
人間の都合のためにするのではない、というのが僕のスタンスだからです。
いきなり初診で安楽死を依頼して、
それを引き受ける獣医師など、そうそうはいないのではないかと思います。
安楽死をするときは、僕自身、
とても精神的に負担を感じるものがあります。
今でこそ、だいぶ精神状態をニュートラルに保つ事ができるようになりましたが、
最初の頃は、どうしても、精神的に引きずって落ち込んだりもしていました。
何のためにするのか、ということが大切だと思いますので、
それを心に強く思っていれば、安楽死という事を目の前にしても、
心が揺らぐ事はそうありません。
とは言っても、命を助けるために獣医師になったのに、
自分の手で命を奪う事をしなくてはいけない、ということを考えると、
時に、とても心を締め付けられることもあります。
それでも、飼い主さんの思いに答えるためには、
心を静めつつ、どうするのが飼い主さんにとって最良の選択なのかを、
冷静に考えて行かなければいけません。
獣医師になった以上、生と死に向き合って行く事は、
避ける事のできない宿命なのだと思います。
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