「人権」と「アニマルライツ」


 現在の社会では人は「人権」によって生きることを保証されています。「人権」が指し示すものは「人は人であるが故に生きる権利を有する」と言うものです。
 ならば「人でないもの」には生きる権利はないのでしょうか

 人だけが世界の中で特別で高い価値があり、唯一権利を持ち得る存在であるという考え方に問題があると思います。
 上記の「人は人であるが故に生きる権利を有する」と言う言葉の裏側にあるものは
「人はみな生きていたいと思っている」という願望です。
 「人権」の概念は人が持つ願望を達成するために、それ自体をあってしかるべき自明の真理と定義しなおしたものです。願望に過ぎないものを真理とみなすことは一種のレトリックです。

 「人権」の概念が持つ本当の意味は、
生きていたいと願う人が生きていられる社会にするために、構成員の同意と参加により社会のルールとして相互に侵すことのできない領域を創りだしたということです。
 権利が絶対的な真理として存在するあって当たり前のものだと思うのは間違いです。それは構成員同士で形成するルールとしての概念です。

 権利は確かなものとして存在するのではなく、
人の願望によって生み出されるものであり、時代の流れや社会の形の変化によって修正されるべきものです。
 権利は社会に暮らす人々の想いが形になったものであり、社会に生きる以上守らなければならないルールです。
 権利は与えられるべきだから与えられるのではなく、認め合いたいと皆が思うことにより存在し得るものです。

 ならば、
社会の構成員の大多数が健全な精神と判断力のもとで共通の願望を持っているとすれば、良識と理性の範囲内でその想いは形とされるべきです。

 「人権」を「人が社会の中において生存する権利」であると考えるならば(こちらで考察)、少なくともコンパニオンアニマルの「社会の中における生存権」は認められることになります。

 「社会の中における生存権」の定型式は、

1.生きていたいと思うもの、生きて欲しいと思われるものは、
2.構成員として所属する社会において、
3.存在を尊重され、充実した生を追求できる。

 です。

 アニマルライツにもほぼそのまま当てはめることが可能です。
 
コンパニオンアニマルはその存在自体が生きて欲しいと人に願われる存在です。そして人との深い関わりを持ち、今や社会の中の構成員として存在しています
 コンパニオンアニマルは
人に飼われると言うことで人に対して安らぎと喜びを提供するという働きを持っているのであり、その存在は社会を構成する一部と考えても差し支えないと思います。
 生を願われ社会の構成員であるコンパニオンアニマルに対しては、「存在を尊重し充実した生を送らせよう」というルールを作ってもしかるべきだと思います。

 コンパニオンアニマルのアニマルライツは、正確に言えば「
コンパニオンアニマルが人間社会において生存する権利」となります。
 権利というものは絶対的なものとして世界に存在するものではありません。人間の頭の中にのみある概念であり、人間が存在しなければ権利というものもまた存在し得ません。
 
コンパニオンアニマルは人との関わりを持つが故に人間社会においての「権利」を享受できる対象となり得るのです。

 
権利は認め合うものです。人間社会の構成員同士で同意し、参加するルールです
 
みんなの意志と願望に基づいて同意のもとルールを作ったなら、それは社会において守られるべきルールとなります

 しかし、あくまでも
「権利」の概念が摘要できるのは人間社会の中においてだけであり、人間社会を超えたものに人間の概念を適用することは誤りです。
 人間が作った物差しを人間社会の外に当てはめて、これは善でこれは悪でと判断していくのは間違った行為です。

 
コンパニオンアニマルに権利を認めるかどうかは、社会の範囲内の話ですので社会の総意として権利を認めることができます

 
動物全てにアニマルライツを認めようとすることは概念の及ぶべくもないものに概念を適用しようとしていることであり、ナンセンスだと思います

 ボーダーラインであるのは、
産業動物です。産業動物は人間に食料や資源を提供する被搾取対象として存在しています。
 確かに社会を構成する一員として存在してはいるのですが、コンパニオンアニマルとまるきり同じく生を望まれる対象として存在しているとは言えません(ペットとして飼われるならば、上記の権利が適用され得ると思います)。
 
 究極的には
どういうルールを作っていくかと言うことに尽きると思います。「命を持つものは全て生を尊重されるべきだ」との意見は人の心情としては当然ですが、人が生きるということは他の生を犠牲にすると言うことであり、(こちらを参照それ自体は善でも悪でもありません

 ただ、搾取される対象である動物側を思いやり、苦痛と不必要な犠牲を減らしていこうとする努力は「人道上」あってしかるべきものだと思います。
 それは「搾取する人と搾取されるべき人がいて当然だ」から「全ての人に生きる事を認めよう」に進み得たヒューマニズムの先にある、次の段階の認識なのだと思います。

 権利はあるべきだから与えられるものではなく、時代の流れを考えながら、少しずつ修正されていくべきものです。


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